• なぜ、今、おもてなしなのか

    2012年が始まりました。各界著名人の年頭の言葉には、“激動” という言葉が多く見受けられます。資源に乏しく輸出に頼ってき た我が国にとって、昨年来の歴史的な円高は、これまで日本が 得意としてきたモノ作りの根底をゆるがし始めています。その一方で、歯止めがかからない少子高齢化問題も解決の糸口が見えてき ません。 でも、そんな時代だからこそ、輝いて見えるものもあります。その一つが、日本人ならではの“思いやり”の精神。昨年の震災時 にも整然と配給を受ける被災地の方々の姿は、世界中で賞賛されました。“日本人って、すごい”。 私たちが知らず知らずに体得して いる日本人としての考え方の根っこにあるのが“他人への思いやり”。狭い国の事ですから、他人への配慮なくしては到底暮らせませ ん。とはいえ、なかなか言葉にすることが難しいこの概念を、千年の都・京都からズバリ明解に解きほぐしてくださるのが、テレビ等でお なじみの市田ひろみさん。 「どうしたら相手の方に喜んでもらえるか。それを千年にわたって考えてきたのが京都人です」とのこと。 折 しも今年の大河ドラマ「平清盛」は、京都が舞台です。 さあ、京都千年の智恵から、大いに学んでみることにしませんか。

  • 「おもてなしとおもたせ」

    一年の初めには、日頃からお世話になっている方々に、 あらたまってご挨拶する機会も多くなります。 今年はさらに人と人とのつながりを大切にしていきたいと 思っている方も多いのではないでしょうか。 そんなとき、礼儀やマナーだけではなく、 一歩進んで相手に心から喜んでいただける“おもてなし”をするには、 どんなことを心がければいいのでしょうか。 京都で千年にわたって受け継がれてきた作法について、 テレビ等でお馴染みの市田ひろみさんに伺いました。

    市田ひろみ。服飾評論家・エッセイスト。大阪府出身。小学校6年間は中国・上海市に居住。1945年帰 国。1950年美容師免許取得。1953年京都府立大学国文科卒業。ヤンマーディーゼル勤務を経て大 映京都入社。1958年『手錠』でデビュー。退社後は市田美容室勤務。その頃からきものの教室を始め る。1967年関西テレビ『ハイ!土曜日です』で日本のテレビで初めて着付け・帯結びのプロセスを紹介す る。1968年より世界各地へ民族衣装のコレクション取材開始。1993年サントリー緑茶CMでACCコ マーシャル大賞受賞。2008年にはG8洞爺湖サミット出演。これまで世界の106都市できものショーを 構成出演。文化交流ミッションを派遣している。著書に『パルミラのコイン』(清流出版)、『衣装の工芸』 (求龍堂)、『はじめてさんの着物塾』(NHK出版)、『泣いたら負けや』(扶桑社)、『花嫁さん気をつけて』 『しきたり以前の冠婚葬祭の常識』(以上、扶桑社)などのほか、ビデオ、DVDも多数。
  • 京都人ならではの“お付き合い”の極意

    京都の人はお腹の中が読めない、本心が分からないと良く言われます。それはやはり、千年も都が続いて、いろんな戦争があって、 その中を生き抜いて来た人たちの知恵じゃないかなと思うんですね。たとえば、お商売人にしても、普通はたくさん買ってくれる方を 大事にするじゃないですか。でも、京都のお菓子屋さんは、「藤原家もよろしおすけど、大伴家もよろしおすな」としか言わない。聞い てる方は、もうどっちやねんと思うけれど、決して旗色をはっきりさせない。藤原家がよく買ってくれるからって、藤原家だけを大事に していると、藤原家がつぶれた時は、そのお菓子屋さんもつぶれてしまうわけです。だから、旗色を鮮明にしないで、あちらもこちらも 立てるのが上手いところじゃないかなと思いますね。

  • 毎朝の習慣“かどはき”に学ぶ、ご近所付き合い

    たとえば京都の町家には、“かどはき”という習慣があります。毎朝、自分の 家の表玄関を掃くんですが、隣の家の表は掃いたらあきません。隣の家に 恥をかかせることになって、かえって失礼にあたるんですね。京都には、そう いう千年間変わらない習慣というのが、あっちこっちにあります。祇園祭も 葵祭も千年以上続いているお祭りですし、お宮参り、七五三、成人式、結 婚式、お葬式、すべて千年前のしきたりでね、みんな『源氏物語』にその ルーツが出てきます。十二単や束帯などの天皇家の礼装も、千年前からあ の衣装でした。世界中のロイヤルコスチュームで、千年間ずっと形が変わ らないなんて、他にはないんですよ。京都でこないだの戦争と言うたら、イラ ク戦争じゃなくて応仁の乱のことだ、なんて言われるように、尺度が違うん です。 ご挨拶一つにしても、今の人は首をあげたまま、「こんにちは」って 言うけれど、やっぱり頭を下げるというのが京風じゃないかな。エレベーター にしても、「どうぞ、どうぞ」って譲り合って。これは小さいときからそういうふ うに育てられたからです。こうしないとあかんよとか、叱られてするんじゃなく て、母親がしていることを自然に見ながら、身についていったものなんです ね。京都の人のマナーというのは、一朝一夕にならず、おばあちゃんからお 母さん、お母さんから娘さんに、伝えられていくものじゃないかなと思いますね。

  • “京のぶぶ漬け”は、ひと付き合いに欲しいユーモアと会話の妙

    平成5年にお茶のコマーシャルのお仕事が来まして、その時に監督からこれ聞いといて下さいと渡されたのが、桂米朝師匠の「京のぶ ぶ漬け」という落語のテープでした。会話の間が、見事な落語でね。よそのお宅へ行って帰る時に、玄関で靴の紐を結ぼうとしていると、 そのうちの奥さんが出てきて、「まだはよおすがな、ぶぶ漬けでもどうどす」と言うんですね。そしたら米朝師匠が絶妙な間で一拍おいて、 「だれが紐ほどいてもう一遍上がりますかいな、そこはそれで、へいおおきにまた今度、ていうんどすがな」と。 「ぶぶ漬けでもどうどす」 と言っても、お掃除は出来てないかもしれないし、ご飯が無いかもしれない。 実際は、ほんのお愛想で言ってるんです。でも、やっぱり 阿吽の呼吸というか、言葉の遊び、やり取り、誘われないよりは誘われた方がいいし、「どうどす」と言ってもらった方が心地よいじゃない ですか。

    相手に本当に喜んでもらえる“おもたせ”の極意

    本来はお客様が持参してくださったものを一緒にいただく時に“おもたせですけど”と言いますが、最近ではお土産のこともそう呼ぶよ うになりましたね。京都の商工会議所で調べたお土産ランキングの1位は、なんといっても京菓子です。2位がお漬物、3位が和の小物。 おもたせは重くなくて嵩張らない物、ちょっと気のきいた物がいいですね。たとえば千枚漬けもね、ドーンと差し上げる物ではないんです よ。千枚漬って、味わえる期間が短いんですね。だから、その日か次の日に食べていただけるような小さい物がいいんです。もらってうれ しくて、もう少し欲しかったなというくらいの分量。それがやっぱりおもたせの極意じゃないかな。

  • 持って帰ってもらう時には、「お荷物になりますけど」という一言を添えられた らいいと思いますよ。よく問題になるのは、「つまらないものですけど」と渡す と、「つまらないものなんでくれるの」となるから、そういう時は、「私が好きな んです」とか、「これね、夏の季節しか出ないんですよ」というような言葉を添 えるのが、大事だと思います。年中あるものよりは、季節ごとのお菓子という のがやっぱり値打ちがあるんじゃないですか。ご家族の構成も考えた方がい いかもわからんね。私が持っていく時は、駅では買わないで、前の日に準備し ときます。その方が珍しいものが手に入るからね。京都の人は忙しくても、そ うやってひと手間をかけて、一期一会の出逢いを大切にします。相手の立場 に立って考えることが大事なんでしょうね。こういうこと言ったら相手の人は傷 つくとか、こういうことしてあげたら喜んでもらえるとか、相手の人がどう思うか を常に想像する。まさにそれがおもてなしの本質じゃないでしょうか。近頃の 日本は、他人への思いやりがなくなって来たとか、お付き合いが分からん人が 増えたとか言いますね。こんな慌ただしい時代やからこそ、京都が千年かけて 育んできた知恵と思いを、京都だけでなく現代の日本の人すべてに伝えてい きたいと思います。

  • 「おもたせ」

    市田ひろみさんがお奨めの“おもたせ”を紹介して欲しいとお願いしたと ころ、「お漬け物ならどこ、お菓子ならどこそこ」と、まるで暗記したように 次から次にスラスラと出てきます。「相手に喜んでもらえるものがおもた せ」という“市田流おもたせ”の中から、今回は2つご紹介します。

    1 「冬のおもたせ」 紫野和久傳

    “心ばかり”に込められた“心づかい”に魅了される

    市田ひろみさんから「京都らしいお菓子」と紹介されたのが、紫野和久傳「西湖」。すがすがしい笹の葉をめくると、中から透明感あふ れるつるっとした黒い餅が現れるという意外性。れんこんからとれるでんぷんと和三盆が主原料なのだそう。弾力のあるゼリー状の餅 を黒文字で一口大に切り分け、口に運んだ瞬間に感じる和三盆糖ならではの優しい甘みと独特の食感は、ちょっと他にたとえるもの を思い出せません。 「びっくりしはった?」と、その瞬間に市田ひろみさんの笑顔がパッと浮かんできます。 140年ほど前にちりめん で賑わった京丹後で料理旅館として始まった和久傳。 「京都市内へ移り、高台寺門前に料亭を構えた当時、お客様から分けて欲し いと言われて、料理で出していた「福久梅鰯」をお土産として売り出したのが、おもたせの始まりです。大女将が“思いを持たせる”と いう意味も込めて“おもたせ”と名付けました。」そう語るのは工房長の瀧村幸男さん。 ご自身が料亭の料理人という経歴から「おも たせ」の開発を担当されています。「京都には何百年という老舗のお菓子屋さんが沢山あるので、料亭らしいおもたせを作り出すの が大変です。」と言う瀧村さんに、今の季節の「おもたせ」(※1)を紹介していただきました。

  • 紫野和久傳(むらさきのわくでん)HP

    「この5年間の傾向として、おもたせが“品から食品化”しています。誰かに差し上げるモノから、 一緒に召し上がるというようにニーズが変化しました。」京都堺町御池にあるここ紫野和久傳堺 町店一階の「おもたせ」コーナーでは、そんな傾向を裏付けるように 「京野菜鍋」「合鴨鍋」が人気なのだそうです。 ※1・・・「おもたせ」は季節ごとに変わります。
    ※2・・・季節や原料調達の都合により柚子の産地が変わることがあります。

    "心ばかり"の文字が、おもたせの心を今に伝える。 柚こごり。文旦・オレンジ・グレープフルーツと水尾産の柚子(※2)のゼリー。 柚子チョコレイト 柚香。柚子の皮をピールにし立て、チョコレイトで包んだ、遊び心あふれる和風チョコレイト。 蟹おかき。松葉蟹を殻ごと贅沢に使い、ひとつひとつ手焼きしたおかき。
    【お問い合わせ】 紫野和久傳(むらさきのわくでん)承り営業部 電話 075-495-5588 http://www.wakuden.jp
  • 鼓月 (こげつ)

    2「華」鼓月

    小見出し2

    京都の繁華街祇園のランドマークである南座のすぐ隣に鼓月祇園店があり ます。 ここ鼓月の顔ともいうべき代表的お菓子が「華」。昭和30年代当時、 和菓子には珍しくバターやクリームを使った誕生した焼饅頭です。 鼓月が創 業したのは昭和20年。戦後の食糧難の時代に、戦争未亡人となった創業 者が偶然残っていた黒砂糖からお菓子作りを始めました。以来、伝統の京都 で伝統に縛られないお菓子作りを続けてきたのだそうです。 「出る杭は打た れる。しかし出過ぎた杭は打たれることなく、次の礎となる」(※3)とは創業者中 西美世さんの半生を綴った本からの引用ですが、老舗からは新参者と揶揄 されながらも、京都らしい新しいお菓子を作りたいという社長の一心で「和風 でもなく洋風でもなく、餡の淡白さとバターのコク、口溶けのよさとしっとりした 舌触り」を持つ「華」が生まれたとあります。昭和49年、東京での裏千家の初 釜に鼓月のお菓子が選ばれて以来、今では京都の押しも押されぬ菓匠として 広く認められるに至りました。きつね色が見た目にも香ばしいその形状は、王朝 の雅を醸し出す菊の花であり、「華」という名前は「永遠に枯れない花」を意味 して「十という字を六つ書いて華という字になる」ところから付けられました。 ※3・・・「京の華」蒲田春樹著・扶桑社刊より引用

    【お問い合わせ】 鼓月 (こげつ) 電話 0120-122-262 http://www.kogetsu.com/online/
    編集: 鈴木ハルカ
    取材・文: 山元明子、●●●●
    写真: 円山正史 (円山写真事務所)