• 女性が造り出す、神秘の酒

    できたての日本酒が勢いよく絞り出されました。黄緑がかった色は最高に出来がいい証なのだそう。 実はこれ、山形ガールズ農場(※1)の反町舞さんが米作りから手がけた日本酒。彼女は原料となる酒米を作り、そのお米でこのお酒を造り上げました。すべての原動力となったのは「日本酒が好き 」という思いでした。日本酒との最初の出会いは20歳のとき。日本酒通の先輩に勧められて偶然出会い、その芳醇な香りと奥深い味に大きな衝撃を受けたといいます。以来すっかり虜となり、暇さえあれば全国各地の酒蔵を巡り歩くという学生時代を過ごしたそう。そんな彼女と山形ガールズ農場の女性たちが今回酒造りに挑んだ理由は、「若い女性にもっと日本酒を知って欲しい。同じ女性が造ることでそのきっかけが作れたら」というものでした。 ひと昔前は男性のイメージが強かった日本酒。しかし近年、女性杜氏(※2)のお酒をよく目にするようになり、日本酒好きの女性も増えてきました。最近では日本酒の製造過程でできる麹や酒粕が密かなブームに。女性にとって日本酒が身近な存在になってきたのは確かなようです。そんな日本酒には、どうも造り手の感性を取り込む力があるらしいという話を耳にしましたが、そもそも日本酒は主成分の米と水、そこに微生物の力を借りてできる発酵食品。つまり生き物だと考えれば確かにあり得る話です。だとすれば、酒造りに女性が携わることで、もしかしたら優しさや繊細さといった女性ならではの感性が宿る味わいが生まれるのでは?もし事実なら、日本酒と女性の間にある神秘性を感じずにいられません。 お酒への愛情は人一倍という女性 反町舞さんが生んだ日本酒は、その神秘を少しだけ証明してくれたような気がします。彼女の約一ヶ月に渡る酒造りに密着しました。
    ※1・・・山形県村山市にある女性だけの農業生産法人
    ※2・・・酒を造る職人、また、酒造り職人衆(蔵人)を取り仕切る酒蔵の最高製造責任者のこと。

  • 【2012年1月4日:洗米、浸漬】

    日本酒造りは最初から気が抜けない

    今回造るのは出羽燦々(※3)の純米吟醸酒です。余計な部分をそぎ落とされた米は半透明で随分と小さい印象。米と初対面した舞さんは「奇麗!」と興奮気味です。さてこの日の作業は、お米の糠を除くために水洗いする「洗米」と、米に水を吸わせる「浸漬」。今回のお米のように高度に精白されたお米は水を吸収しやすいので、短時間で手洗いしなければなりません。また浸漬は、短時間の限定吸水を行うためストップウオッチ片手に秒単位で計測します。今回指導してくださるのは六歌仙酒造 杜氏の鈴木さんです。「米は傷が付きやすいのでザルを揺らし優しく洗うこと」といった注意事項が伝えられ、いよいよ作業が始まりました。舞さんも少し緊張の面持ちです。 ※3・・・山形県が開発した酒造好適米

  • ぐんぐん吸水する米。十分水を吸わせることが大切。
    杜氏さんに張り付き工程の確認をする舞さん。

  • 【2012年1月5日:蒸上、種切り】

    思いを込めてしっかりと米に触れる

    仕込み二日目。一晩置いた米は、指先ですぐに潰せてしまうほどに脆くなっています。今日は、昨日洗った米を蒸し上げる「蒸上」と、米に麹菌を植え付ける「種切り」です。まずは甑(こしき)と呼ばれる蒸し釜へ米を投入し蒸し上げ開始。蒸し上がった米は舞さんたちが布で受けて担ぎ、仮床へ運搬します。蒸し上げ直後の米は約90℃という熱さ。皆夢中になって米を手で広げて冷ましています。放冷した後は本床へ運び、麹の素となる麹菌を振りかける作業を。こうして種切りが済んだ米は、室(むろ)と呼ばれる30℃前後の暖かい機械の中で約72時間寝かせ菌を繁殖させます。終始お米と触れながら作業を行ったこの日。今の気持ちを伺うと「お米が愛しかった。美味しく、皆に愛される子になってねと思いながら触ってあげました」と舞さん。

  • 【2012年1月7日?9日:醪仕込み、櫂入れ】

    美しい輝きを放つ米に励まされ

    醪の仕込みが始まりました。この日は零下●℃という極寒の中で作業がスタート。今日は麹米と仕込み水の入っているタンクに、蒸米とさらに仕込み水を加えて撹拌する「櫂入れ」を行います。蒸し上がった状態の米は温度が高いので、一旦外気にさらして温度を下げるため、手で天地返しをしながら放冷。温度が下がったらガールズ2名が櫂付き(※2)をし、他の2名がタンクに蒸米を投入します。そして上からタンクの底まで櫂を突き、水流で全体が均等になるよう櫂入れを行います。明日以降は一日2回、蔵人さんが櫂入れを行っていくのだそう。作業を終えた舞さんに感想を尋ねると「米がお化粧をしたように白く輝いていて奇麗でした。これからもっと奇麗になり、皆にお披露目するのが楽しみ。寒さも重さもヘノカッパです」と、頼もしい答えが返ってきました。 ※2・・・酒母や醪などの物料を櫂棒を使ってかき混ぜる操作をいう

  • メモ帳には注意事項や麹の状態をこまめに記入。
    コンテナに入れた蒸米は手で天地返しをして冷ます。
    蒸米をタンクへ投入。二人掛かりで行う力作業。
    米の温度が高いため氷も入れて温度調節を行う。
    醪造りの作業終了。「どうか元気に育ってね」。

  • 「おもたせ」

    市田ひろみさんがお奨めの“おもたせ”を紹介して欲しいとお願いしたと ころ、「お漬け物ならどこ、お菓子ならどこそこ」と、まるで暗記したように 次から次にスラスラと出てきます。「相手に喜んでもらえるものがおもた せ」という“市田流おもたせ”の中から、今回は2つご紹介します。

    1 「冬のおもたせ」 紫野和久傳

    “心ばかり”に込められた“心づかい”に魅了される

    市田ひろみさんから「京都らしいお菓子」と紹介されたのが、紫野和久傳「西湖」。すがすがしい笹の葉をめくると、中から透明感あふ れるつるっとした黒い餅が現れるという意外性。れんこんからとれるでんぷんと和三盆が主原料なのだそう。弾力のあるゼリー状の餅 を黒文字で一口大に切り分け、口に運んだ瞬間に感じる和三盆糖ならではの優しい甘みと独特の食感は、ちょっと他にたとえるもの を思い出せません。 「びっくりしはった?」と、その瞬間に市田ひろみさんの笑顔がパッと浮かんできます。 140年ほど前にちりめん で賑わった京丹後で料理旅館として始まった和久傳。 「京都市内へ移り、高台寺門前に料亭を構えた当時、お客様から分けて欲し いと言われて、料理で出していた「福久梅鰯」をお土産として売り出したのが、おもたせの始まりです。大女将が“思いを持たせる”と いう意味も込めて“おもたせ”と名付けました。」そう語るのは工房長の瀧村幸男さん。 ご自身が料亭の料理人という経歴から「おも たせ」の開発を担当されています。「京都には何百年という老舗のお菓子屋さんが沢山あるので、料亭らしいおもたせを作り出すの が大変です。」と言う瀧村さんに、今の季節の「おもたせ」(※1)を紹介していただきました。

  • 【2012年2月1日:圧搾、完成】

    舞さんの愛情に応えた醪

    待ちに待ったこの日。タンクで熟成した醪を搾り機にかける「圧搾」を行えば日本酒が完成します。仕込み部屋には醪のいい香りが漂っています。杜氏さんによると醪の状態はすこぶる良好。元気が良すぎて搾りの日程を早めたのだとか。実は舞さん、9日の仕込み以来ほぼ毎日醪の様子を見に酒蔵へ足を運び、「今日も奇麗だね」「元気に育つんだよ」と声を掛けていたそうです。やはり醪は生き物です。舞さんの声援に応えようと、一生懸命頑張ったのかもしれません。最後の櫂入れをし味を確かめ、いよいよタンクの栓を抜きます。醪が搾り機にかけられ、しばらくすると透明の液体が流れてきました。舞さんの日本酒が完成です。「ああ、やっと生まれた、って自分の子どもが生まれたよう。頑張ったお米たちに感謝の気持ちでいっぱいです」と涙を浮かべて話す舞さんの姿に、こちらも胸が熱くなってきます。日本酒を愛する女性が造ったお酒。きっとひと味もふた味も違ったものになっているはずです。 醪の表面の泡がとても元気がいい。蔵中に華やかな香りが漂う。 搾り機にかける前に醪の味見。「お米の味がする!」と嬉しそう。

  • ポンプのスイッチオン。醪が搾り機にかけられ始める。
    無事に完成。周囲から「わあっ!」という歓声がもれる。
    生まれたての日本酒は黄緑がかった色合い。非常に出来がいいそう。
    できたてのお酒を口にし、感激のあまり思わず涙がこぼれる。

  • 株式会社 六歌仙
    女性が造る、女性に捧げる日本酒

    完成した日本酒は、熟したバナナのように甘くまろやかで、愛情溢れる優しい味がします。杜氏の鈴木さんも「小さい仕込みというのは色んな影響を受けやすいんですが、出来のいい優しい酒になりました。吟醸系の華やかな香りもありますし、食前酒にもいいかもしれません」とお墨付き。そんな新酒を前に、舞さん、そして今回のプロジェクトを温かく見守り続けた六歌仙酒造 社長の松岡茂和さんに今の思いを伺いました。
    「醪は毎日毎日違う顔を見せてくれて、今日はどんな表情をしているんだろうと毎日会うのが楽しみでした。思いすぎて夢にも出てきました(笑)。今は、これで皆にやっとお披露目できるという気持ちです。それが楽しみでもあり緊張もします。お酒は今までで初めて口にする味わいでした。自分で造るとこんなにも違うのだなあって感激しています。」と舞さん。そして、六歌仙酒造の松岡社長です。「味的にも冴え渡った、メリハリのしっかりしたお酒に仕上がったのではないかなと感じています。舞さんが毎日のように見に来てくれていたからか、我々が見に行ってもすごく楽しい雰囲気を醸し出してくれる醪でしたね。ひとつの情熱を傾けたものがしっかりと形になったという部分で、酒文化の原点を感じさせてもらいました。」
    女性に手に取って欲しい、との思いで造られた山形ガールズ農場渾身の日本酒。香りも味も女性らしさを感じさせる優しいものでした。今回は初の試みということで少量でしたが、今年は米の作付け量を増やしてまたチャレンジするそうです。新酒の販売は3月上旬。早く世の女性たちに、日本酒ってこんなに美味しいものなんだ!という嬉しい驚きを届けて欲しいものです。

    【お問い合わせ】 山形ガールズ農場  http://www.kf831.com/girls/  株式会社 六歌仙 http://www.yamagata-rokkasen.co.jp/ ※新酒の予約受付は山形ガールズ農場となります
    編集: 鈴木ハルカ
    取材・文: 山元明子
    写真: 円山正史 (円山写真事務所)