• 2012年8月特集「究極のコーヒーを求めて」
  • その1「札幌で水出しコーヒーが定着したワケ」

    札幌でアイスコーヒーといえば、水出しコーヒーが出されることも多いそうです。なぜそれほどまでに水出しコーヒーが定着しているのでしょう?まず訪ねたのは、札幌の観光名所二条市場の真ん前にある「寿珈琲」。若い頃から喫茶店文化に親しんでこられたというオーナーの柴田寿治さんに、札幌の喫茶店事情を伺いました。 (本文1) (SHIMICOM)札幌の喫茶店事情について教えてください。 (柴田)全国的に大手のコーヒーチェーン店が増えているにもかかわらず、札幌には個人のコーヒー屋さんがまだまだ残っています。老舗の純喫茶もあれば、若い人たちが集まるカフェもあります。おそらく札幌は比較的地価が安いので、個人で商売を始めるハードルが低いのだと思います。自動車1台分の資金でお店ができますから。僕の周りにも多いのですが、20代半ばくらいの女の子が一生懸命貯金をして出店するというケースも稀ではないです。その辺りが、札幌に喫茶店が根付いている理由のひとつなのかなと思いますね。

  • (SHIMICOM)なぜ札幌では水出しコーヒーが盛んなのでしょう? (柴田)うちもそうですが、札幌は自家焙煎の店が多いと思います。コーヒー豆は質の善し悪しがわかりやすいものなので、自分の店のコーヒーを売りにするならやはり自家焙煎で、と考えるのでしょう。また、札幌は水が美味しいと言われますが、たしかに水道水でも十分美味しいです。水出しコーヒーは、コーヒー豆と水の美味しさがダイレクトに味に出るので、始めるきっかけとしてこの二つの部分は大きいですよね。 今、30?40代の自家焙煎をやっている連中が水出しコーヒーを始めるパターンが増えている気がします。僕らが20代の頃は、水出しコーヒーをやっている店があまりなかったんです。でも美味しいので、僕は「もっと水出しをやる店があればいいのに」と思っていました。僕ら世代の人間は皆そういう思いがあったから、今自分の店で始めているのかもしれません。 札幌では冬でも水出しのアイスコーヒーを飲みます。というのも、室内は結構温度が高いんですよ。外は寒いですが、店内や自宅では皆薄着です(笑)。暖かい部屋で冷たい水出しコーヒーを飲むのは、札幌ならではの醍醐味ですね。

  • (SHIMICOM)水出しコーヒーを飲んだお客さんの反応はいかがですか? (柴田)初めて飲んだ方から「これ、アルコール入っているの?」と聞かれたことがあります。普通のコーヒーでは味わえない深い香りや風味があるからでしょう。また、「名前は知っているけど飲んだことがない」というのでお出ししたら「普通のコーヒーと全然違う!」とビックリされたことも。店では薄いグラスでお出ししているんですが、ストローではなく、グラスに口をつけてダイレクトに飲んでいただくと、味がよりわかると思います。飲み口が薄い方が、シャープに味を感じられるんです。 濃さに驚かれる方もいますが、東京以北の地域は比較的コーヒー豆のロースト(※1)が深いと思います。特に札幌は深煎りが多い。逆に関西の方は浅煎りが多いです。京都や神戸の老舗の喫茶店を訪問したことがありますが、アイスコーヒーまでも軽くて衝撃を受けました。やはり地域によって味覚の違いがあるんだなと。札幌の人たちには深煎りのタイプが口に合うんでしょうね。 ※1・・・コーヒー豆は実の中の種の部分。生豆を火にかけて煎ることでコーヒー独特の苦みと香りが生まれる。これを焙煎、またはローストという。 (本文4) 札幌に根付いた背景が見えてきました。 ではそもそも、水出しコーヒーとはどういうコーヒーなのでしょう? (店舗データ) 【寿珈琲】 http://kotobuki-coffee.com/

  • その2「札幌の水出しコーヒーの元祖を訪ねる」

    (リード) 続いて向かったのは、札幌駅地下街に店を構える「珈琲プラザ コージーコーナー」。札幌の水出しコーヒーの老舗として知られるこちらのお店。「ダッチコーヒー」の名で親しまれ、57年前に当時のオーナーが作り出した味は今なお受け継がれています。店長の吉田雄輔さんに、水出しコーヒーについてお話を伺いました。 (本文1) (SHIMICOM)お店の歴史を教えてください。 (吉田)創業は1955年、創業者のマスター楠野さんが札幌でいち早く水出し式コーヒーに目を付けて手がけ始め、それが広まり他の店も始めるようになったと言われています。最初はカウンターだけの10席ほどの小さな店だったので、居心地のいい片隅、という意味で店名を「コージーコーナー」と。当時から水出しコーヒーではなく、あえてダッチコーヒー(※1)と呼んでいました。現在の場所に移り30年以上経ちますが、今は72席ありピーク時には満席になります。創業当初からいらしてくださっている、80代以上のお客様もたくさんいらっしゃいますね。 ※1・・・Dutchは「オランダの」の意味。水出しコーヒーは、その昔オランダから伝わったという説がある。

  • (SHIMICOM)水出しコーヒーについて教えてください。 (吉田)特徴はウォーターサーバーという器具を使ってコーヒーを一滴づつ落とすところです。サーバーは実は二種類あり、主流なのは「浸滴式」というもの。一番上に水を入れるウォーターボールがあり、その下に一滴づつ落とすコックが付いていて、その下にフィルターと豆を入れる受けがあり、一番下にサーバーがあるという形です。一回落とすのに早くても12時間かかります。味の特長は雑味が少なくクリアで、とても濃い味わいです。温めるとチョコレートのような甘い香りになりますね。 もうひとつは「浸水式」。これは上に水と豆を一緒に入れ、水に豆のエキスを抽出してから一滴づつ濾していくので、濾過の作業に時間がかかります。雑味は少し残りますが、豆を直接浸け込んでいるので非常に香り高い。使うコーヒー豆はフルシティロースト以上の深煎りが適しています。ダッチコーヒーはコーヒーの中に香りを閉じ込めた状態なので、豊かな香りと深いコク、すっきりした後味が特長です。水で抽出するのでカフェインも少ないんですよ。 この、味わいと濃度が違う「浸滴式」と「浸水式」で出した二種類を、独自の割合で混ぜてお出ししているのがうちのダッチコーヒーなんです。 (本文3) 水出しコーヒーを飲む機会を、もっと増やしたくなりました。 自宅で作ることはできるのでしょうか? (店舗データ) 【珈琲プラザ コージーコーナー】 北海道札幌市中央区北4条西4-1 札幌国際ビル B2F 011-231-8615

  • その3「自宅でも美味しい水出しコーヒーを」

    (リード) ウォーターサーバーがなければ水出しコーヒーは作れない?いえいえ、実は器具がなくても作る方法があるのです。それを実践しているのが「ろいず珈琲館」。築80年になる旧小熊邸を利用したモダンな佇まいの喫茶店です。店長の千葉禪さんに、自宅で美味しい水出しコーヒーを作る方法を伺いました。 (本文1) (SHIMICOM)こちらの水出しコーヒーはどういう製法ですか? (千葉)「水出しリキッド製法」という方法です。これはコーヒー豆を直接水に浸け込み、ゆっくりコーヒーの成分を抽出するやり方です。手順は、まず深煎りのコーヒー豆を容器に入れて、そこに水を加え一晩浸け込みます。翌日それをネルに流し込み、濾過してコーヒーを抽出するんです。この方法は浸け込むだけなので難しいものではないのですが、最後にネルに液を流し入れて濾過しなければならないので少し手間がかかりますね。落ち切るまでに30分ほどかかります。ウォーターサーバーの水出しコーヒーと違うのは、常に安定した味になるところでしょうか。そちらは点滴のコツが必要で、ちょっと失敗すると味が全く変わってしまいますが、水出し製法は分量と抽出時間さえ守れば常に同じ味になりますからね。

  • (SHIMICOM)自宅でもこの方法で水出しコーヒーが作れますか? (千葉)できますよ。まず容器にコーヒー粉100gに対し水1リットル、つまり1対10の割合で入れて混ぜます。コーヒーの味の決め手はとにかく水ですので、美味しい水出しを飲みたいのであれば水にこだわった方がいいと思います。酸素が入っている方がいいので、ペットボトルのミネラルウォーターよりは、水道水を浄水器にかけるなどした水の方がいいですね。ペットボトルの場合は軟水を選んでください。粉と水を混ぜたら蓋をし、それを24時間保管します。常温でも冷蔵庫でも構いません。余裕があれば、3時間後、6時間後に軽くかき混ぜてあげるとベストです。 浸け込みが終わり濾す時は、重みでペーパーが破けてしまう可能性があるので、ペーパーフィルターを二重にしてドリッパーにセットし、数回に分けて濾過します。苦いのが苦手な方は浅煎り豆を、濃い方が好きな方は深煎りの豆を選んでください。水や粉の量を調整するなどして、好みの味を探してみてくださいね。 (本文3) 水出しコーヒーのことがようやく判ってきました。知れば知るほど水出しコーヒーの奥深い世界にハマっていきます。今度は、水出しコーヒーには癒しの効果もあると聞き、次の喫茶店へと向かいます。 (店舗データ) 【ろいず珈琲館】 http://www.lloydscoffee.co.jp/

  • その4「ホスピタリティとしての水出しコーヒー」

    (リード) 藻岩山の中腹に佇む「櫻珈琲煎房」。こちらは郊外にあるにもかかわらず、お客さんが引っ切りなしに訪れる人気店です。「景観、内装、コーヒーすべてにおいて、お客様を喜ばせる主義のお店です(笑)」と代表の古屋直記さん。さて、こちらの水出しコーヒーとは? (本文1) (SHIMICOM)お店のテーマを教えてください。 (古屋)コンセプトのひとつに「癒し」というものを掲げています。森の中の立地を活かした造りになっていますので、お客様に自然との一体感を感じていただきたいなと思いますね。窓からは藻岩山の木々が臨め、身近に四季の変化を感じることができますし、テラスにはリスもやって来ます。そういう自然の存在は、心に癒しを与えてくれるのではないかと。ここに来てそれを感じていただくことが、私たちのホスピタリティ(※2)でもあります。 ※2・・・おもてなしの意味。喫茶・飲食・ホテルなどサービス業界で重要視されるサービス理念。

  • (SHIMICOM)こちらの水出しコーヒーとは? (古屋)水出しコーヒーは、ウォーターサーバーの器具に挽いたコーヒー豆を詰め、そこに水を一滴づつ垂らして作っていくわけです。その一滴の水が豆に馴染んでいき、馴染んだところからまた一滴出ていき、管をクルクルと伝ってコーヒーが流れていく。この一連の様子を見るのは楽しいものですし、それがまた癒しにも繋がると思っています。耳を澄ますと、コーヒーの一滴が「ポトン」と落ちる音がして、その音も非常に心地がいいんです。 実は、店ではあえて緑が見える位置にウォーターサーバーを置いています。器具を見ようとすると、必然的にその奥に広がる木々が目に入ります。緑を見ながら、一滴一滴コーヒーが滴る様を見て、水滴の音を聞く。そうして、普段の疲れた心を癒していただければと思いますね。「水出しコーヒー、美味しかった」という言葉はもちろんですが、「ここに来て、コーヒーを飲んで癒された」と言っていただけることが、何よりも嬉しいです。

  • (SHIMICOM)櫻珈琲煎房流のコーヒーの楽しみ方を教えてください。 (古屋)水出しではありませんが、ホットコーヒーは、自家製ホイップクリームを、砂糖は粗目糖(ざらめとう※3)を添えてお出ししています。というのも、一杯のコーヒーで色んな味わいを楽しんでいただきたいからです。具体的には、まずブラック(※4)のままひと口すすって本来の味わいを楽しむ。次に、ホイップクリームをなめて、その余韻が残る中でコーヒーを口に含み、クリームのまったり感とコーヒーのすっきり感のコントラストを味わう。そして最後に、粗目糖を入れる。かき混ぜずにそのまま置いていただくと、少しずつ溶けて飲むにつれてだんだん甘くなります。最後には底に残った粗目がコーヒー飴のようになり、口にすると、ホッと癒されるような気持ちになるかと。 長居してくださるお客様ほどありがたいです。それだけ居心地がよかったということですから(笑)。水出しコーヒー単品の場合、ポットが付きますので約2杯分あります。驚かれますが、やはりゆっくりと過ごしていただきたいので。 ※3・・・大粒の砂糖。通常喫茶店では粒子の細かい砂糖を出すところが多いのに対し、櫻珈琲煎房ではあえて溶けにくい粗目を出しているそう。 ※4・・・砂糖やミルク等を入れていないコーヒーのこと。 (店舗データ) 【櫻珈琲煎房】 http://www.cafe-sakura.net/

  • (本文4) 再び、寿珈琲の柴田さんにこれからの喫茶店像についてお聞きします。 (柴田)人とコミュニケーションができる場を残していきたい、という気持ちはありますね。コーヒーを美味しく飲んでもらうだけでなく、コーヒーを介して人と繋がりを持てる場所を作りたい。そのための手段としてコーヒーがあると考えています。また、喫茶店文化やコーヒー文化を伝える場所として、ここからコーヒーのことを発信していけたらと。「この店で初めて水出しを飲んで美味しさを知り、自分でも器具を買った。おすすめの豆を教えて」というお客様もいました。そういうのって嬉しいですよ。 (取材を終えて) 偶然知った水出しコーヒーとは、一体どういうコーヒーなのか、なぜ札幌に根付いたのか、最後は自宅での作り方まで。水出しコーヒーの疑問がひとつづつ解き明かされていった今回の取材でした。また、一見大げさにも見えるあの器具、ウォーターサーバーが癒しにもなるという新たな一面にも気付かされました。 実際に飲ませていただいた水出しコーヒーは、味も風味も極上でした。でも人が惹き付けられる理由は、それだけではないようです。できあがるまでに半日以上もの時間をかけて、一滴づつ淹れられるというところに、果てしないロマンを感じるからかも知れません。ゆっくりと流れる時間に思いを馳せながら口にする一杯こそ、究極のコーヒーなのです。 (クレジット) 取材・文 鈴木ハルカ   写真   円山正史(円山写真事務所)