• 耳を澄ませば見えてくる風景

    そう尋ねられて、一瞬言葉に詰まってしまいました。雨が降る度に耳にしているはずなのに、具体的な音のイメージが湧いてきません。車の走行音、遠くで話す人の声、小鳥のさえずり・・・日常生活の中には、意識しない音がたくさん溢れています。
    そうした音を積極的に聴くことで、新たな音の体験を広げようとしているのがサウンドスケープ・デザイナーの庄野泰子さんです。

  • (SHIMICOM)最初はピアノの道を目指していたと伺いましたが?
    (庄野)ピアノを習っていた姉の影響で、私は幼稚園にあがる前からピアノを習っていました。毎週土曜日にレッスンに通っていましたが、先生の家まで川沿いの一本道を歩いて行く途中、風に乗って断片的に聴こえてくるピアノの音が四季折々に変化する景色の中で「すごくいいなあ」と思っていたり・・・子どもの頃から、音をめぐるいろいろな関係性に面白さを感じていましたね。
    高校時代は音大受験に向けて、夏休みや春休みごとに音大が開いている講習会に通っていました。その期間は合宿のように、朝から晩までピアノのレッスンや講義などで缶詰状態の生活で、それを3年間続けました。でも、このまま音大に入ると、さらに4年間それをやるわけですよね。「もう充分」と思って(笑)、音大受験はやめたんです。でも「音って、どういう時に美しいと感じるんだろう?」と気になっていたので、音楽美学という学問の方に進みました。そこで、現代音楽の音楽家たちの存在を知りました。。
    中でもジョン・ケージ(※1)という作曲家は「身の周りの音も音楽として聴こう」と提唱していて、「音楽の世界にも私と同じことを思っている人がいたんだ!」とすごく嬉しくなりました。コンサート会場でただ受動的に聴くばかりではなく、創造性を働かせて聴く音楽というものがあると知り、とても衝撃を受けましたね。

    ※1・・・アメリカの作曲家。音楽に偶然性を取り入れたことで知られる。ピアノの弦の間に異物を挟んだプリペアード・ピアノの音楽など実験的な作品を多く残した。特に有名な『4分33秒』は、演奏者が4分33秒の間、何も弾かないという作品。観客はその間、コンサートホールのざわめきなど、その場に偶然に生じた音を、音楽として聴くことになる。

  • (SHIMICOM)音楽の違う魅力を見つけられた?
    (庄野)大学院以後はサウンドスケープ(※2)の研究や調査をしていました。ある時、横浜市の『西鶴屋橋』のサウンドスケープ・デザインをする機会があり、そこで初めてデザインの面白さを知りました。
    橋の欄干の中に金属片を吊り下げ、それが橋の振動によって揺れて音が鳴る仕組みをデザインしました。この経験をきっかけに研究・調査だけでなく、デザインにも興味が湧き、力を注ぐようになりました。音について頭で考えるだけでなく、実際に体験してもらうことが重要で、そして自分自身も聴き手になりたいと思ったからです。「こういう装置をここに置いてみたらどんな音が生まれるんだろう?」と、私が創った言わばオリジナル楽器を、波・風・雨・湧き水といったその場の環境が即興の奏者となって演奏するのを、最終的には私自身も聴き手になって聴いてみたいという一心で創っています(笑)。

    ※2・・・ランドスケープ(landscape)に倣って造られた新しい言葉。「音風景」と訳され、私たちを取り巻く音の環境を意味する。音を人間や環境との関わりの中で捉えようとする新しい概念。

  • (SHIMICOM)作品の発想はどこから生まれるのですか?
    (庄野)まず自分自身をセンサーにして、「現場に身を置き、そこで何を感じるか」というところから始めます。その場から発想することが重要ですから、必ず現場には足を運びますね。 小名浜の『Wave Wave Wave』(※3、図版A,B)は、最初に調査・実験に行った時にたまたま埠頭の上に寝転んだところから発想を得ました。そこは金属の網状になっているところで真下が海だったので、仰向けに寝転んだら、いきなり背中から波の音に包み込まれたんです。「音の上に寝転ぶってすごい!」と思い、これを他の人にも体験して欲しいと思ったのがきっかけです。

    ※3・・・福島県いわき市小名浜港2号埠頭の整備事業に伴い、サウンドスケープ・デザインを本格的に取り入れた世界初の事例。海に突き出た埠頭の先端部に設置された幅6~8m、長さ76mの網状の巨大な海上のベンチで、腰掛けたり寝転んだりできる。「私たち自身と私たちが住む地球との間の “ 詩的なインタラクション” を可能にしている」(ar+d Award最優秀賞審査評)と評価された。

    図版A:Wave Wave Wave(小名浜港2号埠頭/福島県) 
  • 図版B:キョロロのTin-Kin-Pin―音の泉(松之山自然科学館/新潟)
  • (SHIMICOM)波音の上に寝るとはユニークな発想ですね。
    (庄野)普段は気付いていませんが、背後からの音というのは面白いものです。人間は背後からの音に対して距離感が測れないといわれていますが、それは鈍感だからと思っていました。でもここに寝そべってみると、逆に敏感だからこそ、実際よりすごく近くに感じるんだと思うようになりましたね。実際には海面から2mくらい離れているのですが、すぐ頭の下20cmくらいのところが海のように感じますよ。特に夜は、仰向けになって波音と星空に包まれていると、音の中にぽっかりと浮いているような不思議な感覚になって、音を聴いていることだけが自分が生きている証のように感じます。
  • (SHIMICOM)作品を通してどういったことを提案しているのですか?
    (です。それをきっかけに、それぞれの人がいろんなことを感じて欲しいと思っています。
    新潟の『キョロロのTin-Kin-Pin―音の泉』(※4、図版C,D,E)の場合は、現場に下見に行った時に、湧き水が豊富な場所だということがわかりました。周辺にはブナ林が広がっていて、ブナは地下に水を貯えるんですね。それから降り積もる雪、そして雪融け…こうして松之山に息づく自然の営みから生まれる湧き水は、地元の人にとっては生活用水としても使う大切なもの。そういう環境と深く関わる重要な要素として湧き水があるということを、都会から来た人や子どもたちに感じてもらいたくて「湧き水で音を創り出そう」と考えました。目には見えないけれど、湧き水は確かに脈々と地下を流れているということを音で聴いて欲しいなと。豪雪で建物が埋まっている時でも、音は鳴っていましたよ。目に見えないものを感じたり気付かせてくれるのが音なんです。 日本には風鈴というものがありますが、あれは音で風を感じさせるわけです。そういう意味では昔から日本人は、音からイメージを膨らませることが得意なんじゃないでしょうか。

    ※4・・・新潟県十日町市「越後松之山『森の学校』キョロロ」にある高さ36mの塔の下に巨大な貯水槽を掘り、そこに周辺の湧き水を滴下し、その音を塔の中に響かせている作品。湧き水は一年を通して水量を変化させながら様々な音を奏でた後、再び下流の棚田へ還って土地を潤している。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」参加作品。

  • 図版C:coMIMInication(越後松之山「森の学校」キョロロ / 新潟県) 塔の螺旋階段を辿り、塔内に響く様々な湧き水の音に出遇いながら、人々がこの地の環境に想いをめぐらせることを意図している。塔内の青いLED、水中の赤いLEDは、宇宙線を光によって可視化した逢坂卓郎氏による作品『大地、水、宇宙』
  • 図版D:キョロロのTin-Kin-Pinー音の泉。湧き水が採水口から施設内を通って、地下の貯水槽へと滴下する仕組み。水槽内には大小さまざまな発音体が設置されており、水滴が当たる位置に応じて、いろいろな音が鳴り、響きが多彩に変化してゆく。
    図版E: キョロロのTin-Kin-Pin―音の泉 発音体平面図
  • (SHIMICOM)日常生活における音の楽しみ方を教えてください。
    (庄野)つまらないと思わず、いろんな音を聴いてみることが大事だと思います。たとえば何気ない風景を撮っている写真なのに、日常から切り取られることで生き生きとして見えてくることがあります。サウンドスケープもそれと同じで、ある音をフレームの中に切り取ってみると、それが生き生きと聴こえてきます。。
  • (SHIMICOM)まず、どこから始めたらいいですか?
    (庄野)私は “耳の柔軟体操 ”と呼んでいますが、普段と違う聴き方をしてみるといいかもしれません。たとえば人の足音は大抵どこでも聴こえていますが、靴によって足音も違うし、歩き方や床の材質でも違います。それを聴いて、次に自分の足音を重ねてみるとか。それからたとえば、できるだけ遠くの音を聴いてみる。聞き慣れた音でも、遠く離れて聴くだけで普段と違って味わい深く聴こえることもあります。そうして遠くのものと意識がつながると、自分の身体感覚も拡張するのを実感したりします。
    私の作品のひとつに茅野市民館の『coMIMInication』(※5、図版C)がありますが、これは茅野市周辺の様々な日常の音が、ベンチの下や照明器具の中、空調の中などからランダムに聴こえてくるというものです。空間の中に、いわば “音の雲 ”が発生しては消えてゆくような状況をつくっています。それは偶然に意外な場所から意外な組合わせで発生するので、その “音の雲 ”を通り抜けながら、来館者それぞれに自由な感性で発見的にそこから何かを聴き出してもらいたいと思っています。その音源は多種多彩で、ここ数年間ワークショップを続けながら、地元の方々にレコーダーで音を採集してもらい、更新し続けています。
    『coMIMInication』とは、「ふと小耳にはさむ」、「共有する耳」、「ささやかな耳のコミュニケーション」という意味を込めて名付けましたが、こうして音を通して人・施設・地域とを結びつけようという試みです。

    ※5・・・JR中央本線・茅野駅に直結する茅野市民館は日常の利用者も多い。ここでは茅野周辺で採集した様々な音の断片が、館内にランダムに漂い、日常空間に織り込まれている。空中に漂う音の断片に喚起され、人々は様々な「時間」、様々な「場所」とつながる。

  • 図版F: coMIMInication(茅野市民館 / 長野県)
    茅野周辺に由来する様々な音がランダムに流れるオリジナルの「音響システム」と、伝声管の機能を持つ一組の「音具(おんぐ)」から成る。女性が覗き込んでいる白いラッパ状の開口部(写真左)は、中庭をはさんで向こう側と約20mの地中埋設管でつながれ、距離を隔てた2つの空間が音で結ばれている。茅野市民館建築設計:古谷誠章+NASCA

  • (SHIMICOM)今後の活動予定を教えてください。
    (庄野)この『coMIMInication』を始めてから8年が経過し、音源も千種類以上集まりました。来年の3月には、その音源を活用したイベントを茅野市民館で催す予定です。その他、現在手掛けているプロジェクトは、新宿の「無量寿山光明寺瑠璃光院白蓮華堂(むりょうじゅさん こうみょうじ るりこういん びゃくれんげどう)」に設える『献水(けんすい)』というプランです。これは献花にならって考えた新しいお参りのかたちです。柄杓で水を注いで献水をし、その水が落ちていく間に奏でられる水音に、ひと時耳を傾けながら心を鎮めてほしいと願っています。このお寺は地域に貢献する文化施設になることを目指しているので、新宿駅の近くという場所がら、ビジネスマン・買い物客・学生などいろいろな方々が気軽に立寄って献水をしてもらえるようにしたいと思っています。来年完成の予定です。
    (取材を終えて)
    私たちは普段、耳慣れた音を優先して聴いてしまいがちですが、耳を澄ましてみると、雨音、風が葉を揺らす音、鳥の鳴き声など、身の回りにはたくさんの素敵な音がありました。雨が傘を打つ音や軒先から滴る雨水の音も、立派な音楽として聴こえてきます。さあ、自然の音に耳を澄ましてみませんか。音からどんな風景が見えてくるでしょう?
    (クレジット)
    取材・文:鈴木ハルカ  
    写真:円山正史(円山写真事務所)
    撮影協力:十日町市立里山科学館 越後松之山「森の学校」キョロロ。