• 湧き水がつくる色鮮やかな日本

    先頃、世界文化遺産に登録された富士山。
    その北麓に位置する富士吉田市は、富士山がもたらす豊富な湧水に恵まれた土地柄。
    そんな富士吉田が誇る特産品が「ふじやま織」です。
    水と織物。一見無関係に思えますが、実は湧水とこの伝統産業は切っても切れない関係なのだそうです。
    富士吉田で古くから織物業を営む宮下織物株式会社で、生地をデザインするテキスタイルデザイナーの宮下珠樹さんに、富士山の湧水と「ふじやま織」の関係についてお話を伺いました

  • (プロフィール)
    宮下珠樹(みやしたたまき)。テキスタイルデザイナー。大阪デザイナー専門学校、テキスタイル科。大阪・船場のレースデザイン企画会社勤務を経て平成元年に両親の故郷の山梨県へ単身で移住。家業のウェディングドレスの生地のデザインを始める。ウェディングドレスではジヴァンシイ・桂由美・森英恵・鳥居ユキなどのテキスタイルを手がける。最近ではオリジナルデザインが忌野清志郎・AKB48・宝塚歌劇団などの舞台衣装など芸能界にも多数採用されている。
    HP http://www.miyashita-orimono.jp/

  • (SHIMICOM)「ふじやま織」とはどのような織物なのでしょうか?
    (宮下)富士吉田市内で織られた織物を「ふじやま織」と言います。2千年以上の歴史があると言われていて、昔はこの辺りは機屋さんばかりだったそうです。)
    特徴は、もともとここはシルクの産地なので、細い絹糸をたくさん打ち込んで織っていく高密度な織物というところと、富士山の水を使って糸を染めているところです。富士吉田は先に染めた糸を織る「先染め」の産地ですので、機屋と同じように染物屋や整経屋(※1)が点在していて、それぞれ専門の職人さんたちが分業で行っています。)

    ※1・・・製織の準備工程で、タテ糸の必要な本数・長さ・張力などを揃えること。

  • (SHIMICOM)艶や風合いがあって高級感を感じさせる生地ですね?
    (宮下)先染めという技法は工程が多く、完成までにかなりの手間と高い技術が必要ですが、独特の風合いを醸しています。織物を織ると一口に言っても、例えば糸が太い織物の場合は、一回織ると進む幅が広いのではかどるんですが、細い糸は織っても織っても少ししか織れませんから織り上げるまでには時間がかかるんです。
    昔、富士吉田は着物の羽織の裏地を作る産地でした。それを「甲斐絹(かいき※2)」と言って、主に紳士の着物の羽織の裏地に使われていました。江戸では、表は派手でないのに、実は裏を見ると高級で見栄えのよい生地を使っているというのが「粋」で、わざわざ裏地に高級なものを使ったんです。その裏地が「甲斐絹」でした。当時から上等なものという認識だったんですね。

    ※2・・・先染め絹織物の一種。南蛮船によって渡来した裂(きれ)をもとに寛文年間、甲斐国(山梨県)の郡内地方で創製したのが始まり。

  • (SHIMICOM)富士山の湧水の特徴とは?
    (宮下)科学的に見ると不純物(カルシウム・マグネシウム・鉄分など)が非常に少ないと言われています。この辺りは水道の水も全部富士山からの水です。湧水の汲み場もたくさんありますが、お水が怖いくらいきれいですよ。私は子どもの頃大阪に住んでいて向こうの水に慣れていたので、夏休みとか両親の故郷であるこの町に来ると、水が本当にきれいで冷たくて驚いたものです。
    上質な織物を作るうえで水の影響はとても大きいです。うちはウエディングドレスの生地をメインに作っているんですが、水がきれいでなければこの生地は決して作れません。たとえば、シルクを織る前に糸の段階で水洗いする工程があります。水に不純物が多いと、それが染料や糸の成分に付着してくすみの原因になるんです。ところが、水自体にそういったくすみの元となる不純物が少ないため、色の発色が良く、艶感もきれいな生地ができあがるんです。光沢も全然違いますね。
    日本には約50カ所くらい織物の産地があり、光沢感や風合いがその土地の水によっても違ってくるわけですが、「ふじやま織」は独特のピカッとした光沢があります。富士山の水が持つ艶感が生地に表れているのだと思っています。
  • (SHIMICOM)「ふじやま織」に富士山の湧水の存在は欠かせないということですか?
    (宮下)欠かせませんね。うちのようにウエディングドレスの生地専門となりますと、特にそうです。シルクサテンの白の先染めの織物って、とても作るのが難しいんです。花嫁さんが着るものですから、生地に汚れや傷があってはいけませんし、そもそも糸自体が美しくないと成り立ちません。タテ糸を揃える際「濡れ巻き(※3)」という技法を取っているのですが、名前の通り、染色した糸がまだ半乾きの状態のまま熟練のおばあさんが縁側で引き揃える作業をするんです。その糸にはしっかり富士山の水が染み込んでいて、これが独特の光沢になるんですね。

    ※3・・・山梨県郡内織物産地にしかないタテ糸整経技術。現在では技術者の高齢化に伴い技術の存続が危ぶまれている。

  • (SHIMICOM)湧水という形のないモノを形にされるお仕事ですね?
    (宮下)ここに住んでいると水は生活の一部であり、ふんだんにあるのが当然なんですが、考えてみたら私たちの仕事にはなくてはならないものなんですね。現在うちの生地は世界30カ国くらいに流通していますが、生地を指して「マウントフジウォーター」と言うと皆さんとても喜んでくれるんです(笑)。「ふじやま織」を通して、富士山の水や、この土地の歴史ある伝統技術を世界に発信できるのは光栄なことです。ですから私は、いいものをまず作らなければ。その時は誰の目にも止まらなくても、常に自分が納得できるものを作り続けることが大事だなと思っています。そうして生まれた生地を、いつかちゃんとした相手に出会わせてあげることができれば本望です。
  • (SHIMICOM)富士山の湧水への思いをお聞かせください。
    (宮下)富士山に降った雨や雪が、70~100年かけて湧水になるという学説があるそうです。そう考えると、現在私たちが使っている水は、何十年も前に降っていた雨をいただいているんだなって。たぶんその時代の方たちが地球をとてもきれいに使ってくれていたから、今お水がきれいなんだと思うんです。ですから私たちも、今降っている雨を100年後にまた誰かが織物にしてくれるような暮らしをしていかなければなりません。富士山の水がこの産業を支えています。「ふじやま織」がこの先も途絶えないよう、しっかりバトンを繋いでいかなければと思いますね。

    宮下さんデザインの「ふじやま織オリジナルバッヂ」(1個600円)は、富士山5合目売店で販売中。

  • (取材を終えて)。
    宮下さんが手掛けた生地は、ブライダルだけでなく、ショーや舞台の衣装としても多数使用されています。ロックミュージシャン忌野清志郎さんが身につけていたピンクのステージ衣装もそのひとつ。 富士吉田が誇る伝統の「ふじやま織」。その独特の艶と光沢は、紛れもなく富士山の湧水が生み出しているものです。水の清らかさや輝きが宿った生地を目の当たりにし、感慨もひとしおでした。
    (クレジット)
    取材・文 鈴木ハルカ  
    写真   円山正史(円山写真事務所)
    写真提供 blog「シケンジョテキ」(山梨県富士工業技術センター)
    (プレゼントのお知らせ)
    「富士山バッヂを5名様にプレゼント」 富士山の世界文化遺産登録を記念して製作された「ふじやま織オリジナルバッヂ」をプレゼントします。 一言ご感想を添えてメールでご応募ください。なお、応募者多数の場合は抽選とさせていただきます。