• 物、事、人が流れ着く『漂流郵便局』

    ※『漂流郵便局』はアートプロジェクトであり、日本郵便との関連はありません

    瀬戸内海に浮かぶ小さな島・粟島(※1)に、「漂流郵便局」はあります。そこには宛先不明の手紙が届きます。それらは漂流私書箱に収められ、静かに受け取り手が現れるのを待つのです。 そんな夢と現実の狭間にあるようなプロジェクトの企画・制作を手がけたのが、アーティストの久保田沙耶さんです。粟島から海をはさんで遠く離れた東京・お台場で、あらためて「漂流郵便局」とは何か、またこのプロジェクトに込められた想いをうかがいました。

    ※1・・・粟島は香川県三豊市に属する島。古くから海運で栄えたが、現在の島民は285人。平均年齢は74.73歳。(平成26年3月1日現在)

  • ―発想のきっかけ

    (SHIMICOM 以下、S)まず「漂流郵便局」を思いついたきっかけを教えてください。
    (久保田)普段は絵を描いたり立体作品を作ったりしています。こういった長期プロジェクトものの作品は私自身ほとんど初の試みです。構想は、瀬戸内国際芸術祭(※2)にエントリーするために、初めて粟島にリサーチに行った時に思いつきました。初めは島の遺物を使って作品を作れたらと思い見に行ったら、旧粟島郵便局がそのまま残っていたんです。実は島に着いた時から「砂浜に漂流物が異常に多い」と思っていたのですが、郵便局の窓ガラスに写った自分の姿を見た時、「ああ、自分もここに流れ着いてしまった」と感じたんです。自分が大きな流転の一部でしかないと思った瞬間、「漂流郵便局」という言葉が思い浮かび、これは作品として成立する何かがあると確信しました。 何にどう置き換えて表現するかというのは、その時はまだ全く思い浮かびませんでしたが、自然の作用によってこの島に流れ着いた漂流物と、社会的運搬としての郵便物、そして私という主体の運搬、この三つが重なるような何かを作ることができたら。それでこの「漂流郵便局」というプロジェクトをやろうと思ったんです。

    ※2・・・香川県知事が会長を務め3年に1回開催される。2013年は直島、豊島、小豆島など瀬戸内海の島々を会場に、26の国と地域から200組のアーティストが参加した。

  • (プロフィール)

    久保田沙耶(くぼたさや)。アーティスト。1987年、茨城県生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業。現在、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻油画研究領域在学中。日々の何気ない光景や人との出会いによって生まれる記憶と言葉、それらを組み合わせることで生まれる新しいイメージやかたちを作品の重要な要素としている。焦がしたトレーシングペーパーを何層も重ね合わせた平面作品や、遺物と装飾品を接合させた立体作品、さらには独自の装置を用いたインスタレーションなど、数種類のメディアを使い分け、ときに掛け合わせることで制作を続ける。個展「INCOMPLETE EXISTENCE」(AISHO MIURA ARTS)やプロジェクト「漂流郵便局」(瀬戸内国際芸術祭2013)など、グループ展も多数参加。

    HP http://sayakubota.com/

    漂流郵便局HP http://missing-post-office.com/

  • ―中田郵便局長との出会い

    (S) 「漂流郵便局長」の中田さんとの出会いについて教えてください。
    (久保田)粟島での滞在制作が決定し、それまでに郵便制度を調べようと思い、飛脚や物流のこと、また粟島の成り立ちも勉強しました。ある日、インターネットで中田さんという元郵便局長が粟島の島外へのアピール活動をなさっているという記事を偶然目にし、ぜひお会いしてみたいと思い、市役所の方にお願いしたんです。すると、「そもそも旧郵便局は中田さんの持ち物です」という思いもがけないお話で。
    そこで中田さんにお会いし、まず自分のビジョンを伝えました。ただ、その時はまだ「漂流物で作った作品を郵便局に展示するのかな」と漠然としたものでした。でも、もう少し「郵便」と「漂流」と「私たち」という三者を重ねるための案を考えてみたかったので、今度は中田さんに島の歴史や郵便局ができるまでの成り立ちを教えていただきながらプロジェクトの構想を練りました。
  • (S)中田さんの存在は大きいですね。
    (久保田)中田さんの存在感で漂流郵便局が立ち上がっていると言っても過言ではありません。
    あの場所には中田さんの青春もあるんだと思います。一番初めに制服を着ていただいた時に、空気が変わったんです。いつもにこやかで朗らかな方なんですが、その時は少し厳格な雰囲気が漂って。今でも、受付カウンターに座っていらっしゃる姿を見るにつけ、「この場所にあるべくしてある人だ。中田さん無くしてはここは成立しない」と思います。
  • (S)宛先不明の手紙を受け付けるという発想はどこから?
    (久保田)旧粟島郵便局は、中野寅三郎さんという方が作られたそうです。周辺のいくつかの島の郵便を全て担う重要な郵便局だったようです。
    中田さんはそこの10代目の局長に当たるんですが、彼にとって中野寅三郎さんはものすごいヒーローだそうで、「寅三郎さんにずっと手紙を書いてみたかった」とおっしゃっていました。その言葉が私の中で一点に集約したんです。人は花と対話ができないにも関わらず、花に語りかけるように絵を描き続けます。会話ができなくても語りかけたいという気持ちは、美術にも通じるところがあります。そう気付いて、みなさんが葉書という小さなキャンバスを通して何かに語りかけることのできる場所を作るというのはどうだろうと思ったのです。
    手紙を書く時に、返事は返ってこなくてもいいからただ送りたい、返事を求めずに語りかけたいという気持ちは今回の作品にとって一つ重要な要素なのではないかと思っています。
  • (S)芸術祭は終了しましたが、いまだに反響があるそうですね?
    (久保田)芸術祭の期間(※3)に一ヵ月間公開営業していたのですが、公開終了後も手紙がどんどん届くのを見て、私と中田さんの中に、「これを一時的なお祭りで終わらせるわけにはいかない」という責任感が芽生えてきました。
    中田さんと、このフィクションのような漂流郵便局を、「長く続けていくことによって、ひとつの小さな文化や日常になるくらい地元に根付く何かになるといいね」という話もしました。私自身、何かがフィクションがノンフィクションになっていく様は自分の作品でも直接的に体感したことがないので、それはぜひやってみたいという気持ちもありましたし、続けられる限り続けたいと思っています。

    ※3・・・芸術祭期間は2013年春・夏・秋の計108日間。漂流郵便局は10月5日?11月4日まで開局された。。

  • 「宛先不明の、人間をはじめたものたちへ」
    あなたたちが星空を見上げて線を引き始めたその時、
    洞窟の暗闇で動植物の姿を岩壁に描き始めたその時、
    あなたたちは私たちになりました。
    あなたたちが発明した、その「モチーフ」という究極の愛情表現は
    今でも強く、私たちを私たちたらしめ続けています。
    あれから500万年、まだやっていることは変わっていません。
    相変わらず星々も、鉱石も、動物も、草花も、
    正確なコミュニケーションを交わすには至らず
    こちらに関心を持って頂けていません。
    未だ応答のない中、結果として私たちは
    私たちの間で交わすコミュニケーション手段を
    異常成長させることになりました。
    そして「コラージュ」という、自己内で夢を増幅させる方法を覚えました。
    「モチーフ」から生まれた膨大な事象をただひたすらに切り貼りしながら
    日々生き永らえる力を得て、消費しています。
    そして今、ようやく私たちができること、私たちの使命は
    この永遠のコラージュの詰め合わせを保存し、
    人間を超えるものへと託して
    送り届けることなのだということが分かり始めました。
    私たちがあなたたちと彼らを繋ぐ中間の存在でしかないことを自覚した今、
    あなたたちの眼差しに込められた限りない愛を改めて感じています。
    だから私たちは、あなたたちの描いた物語を何度でもなぞり、眼差しを重ねながら、
    星々とともにあなたたちへも語りかけることを、ただ一時も止めません。
    私たちの中に溶けているあなたたちに
    今こそ会えるのだと信じています。
    はじめまして、そしてさようなら
    漂流郵便局員
  • 「宛先不明の、人間を超えるものたちへ」
    いよいよ私たちの世界は永遠のコラージュ作業に入りました。
    全ての物事が微塵切りにされ、墓標のように名前を付けられてストックされていきます。
    私たちの世界は、終わる予兆を悟ったのごとく自己保存を始めたのです。
    どのくらい先になるかは分かりませんが、
    やがて私たちの身体と文化の記憶全てを包含した
    たった一人の私たちの子どもが、この世界を閉じるでしょう。
    今、私たちの身体において見えるもの、触れるもの、扱えるものたちを
    あなたたちに捧げます。
    チンパンジーと私たちが交わす言葉を失ったように、
    おそらく私たちはあなたたちと話をすることが出来ないでしょう。
    この言葉が、あなたたちに届くかどうかすら分かりません。
    それでもいつの日かあなたたちの手元に辿り着くよう、
    この世界から生まれた夢の片鱗を「漂流郵便局」に漂わせることとします。
    私たちのものでありながら、誰のものでもない、
    固定されない浮遊状態に留めておくことで、
    いつかきっとあなたたちへこの郵便物たちが届くことを信じています。
    この言葉も、物も、音も、あなたたちには歪んだ状態でしか伝わらないでしょう。
    しかし私たちが、あなたたちへの贈り物としてこの世界を記述しようとした
    その意志と眼差しが伝わりさえすれば、全てが伝わったことと同じなのです。
    私たちがあなたたちの姿を思い描こうとしたこと、
    あなたたちの出現を知っていたことが、
    どうかあなたたちに伝わることを願っています。
    さようなら、そしてはじめまして
    漂流郵便局員
  • ーこれからの「漂流郵便局」

    (S)「漂流郵便局」に届いた印象的な手紙はありますか?
    (久保田)宇宙宛やお月様宛、絶滅危惧種の鳥に帰って来て欲しいと願っている人の手紙など、想像も及ばないモノ宛に手紙を出していただいているところは面白いですね。個人的には、香川県の白鳥神社の立替え工事をなさった方が、100年後の白鳥神社を守っている氏子の皆様に宛てた手紙が印象的です。「百年間記録を残してくれるかかなり心配ですが、紙に書かれた千年前の文書が読める我々人類の英知、技術は信じるに足ると思います。」という言葉にとても心を動かされました。
    実は開局時に、漂流郵便局員も二通の手紙を出しました。一通は人類の祖先と言われる500万年前のルーシーさん(※4)に宛てた手紙「宛先不明の、人間をはじめたものたちへ」。もう一通は私たち人類が亡くなった後に、また新しく生まれてくる次の世代の人類に向けた手紙「宛先不明の、人間を超えるものたちへ」です。漂流私書箱には、この二つの遠い存在の間に、みなさんのお葉書が埋まって満たされていく、というイメージもあります。

    ※4・・・ルーシーとは1974年エチオピアで見つかったアウストラロピテクスと呼ばれる猿人に付けられた名前。2足歩行を行うなど人類に近い特徴を持っているとされる。

  • (S)今後の「漂流郵便局」はどうなるのでしょう?
    (久保田)なるべく長く続けて、行方不明のタイムカプセルのような、未来にも過去にも漂い続ける、そんな時間を超える場所になれば嬉しいですね。現在1300通くらい届いていますが、いつかあの漂流私書箱がいっぱいになってしまう時が来るかもしれません。その時は、漂流郵便局員として、粟島ならではの新たな漂流システムを作ろうと思っています。
    (取材を終えて)
    取材当日、お台場は春の嵐。粟島と海でつながるこの場所で聞く「漂流郵便局」のお話は、まるで遠い異国の夢物語のようで、船に乗ってもいないのに私は軽い酩酊感を覚えたほどでした。
    無人島から空き瓶に手紙を入れて流す「メッセージ・イン・ア・ボトル」のように、誰宛でもない葉書が今日も粟島行きのフェリーに乗せられて「漂流郵便局のポスト」に届けられる様を想うにつけて、私も葉書を書いてみようと思いました。

    ※漂流郵便局はアートプロジェクトです。現在も不定期で開局しています。詳しくはHPをご覧ください。http://missing-post-office.com/about/

    (クレジット)
    取材協力:「漂流郵便局」、中田勝久氏(漂流郵便局長)、三豊市政策部産業政策課、トラットリア マルーモ(お台場店)
    取材・文 鈴木ハルカ  
    写真   円山正史(mili)