• 12号READ特集
    「心を包みこむオルゴールの調べ」

    街中にジングルベルが響くこの季節になると、 なぜかオルゴールの優しい音色が聴きたくなります。 手のひらにすっぽり収まる小箱から流れ出す 冬空のように澄みきった音で、 クリスマスらしい音楽を聴けたら-- そう思って訪ねた那須オルゴール美術館。 そこでは、想像をはるかに超えた 奥深く個性的なオルゴールたちが待っていました。

  • 18世紀末、スイスの時計職人の手によって生み出されたオルゴール。その繊細な音楽たちはたちまちヨーロッパの王侯貴族や上流階級の人々を魅了しました。それから約120年たって蓄音機が普及するまで、オルゴールは多くの人に愛され、親しまれ続けます。 ぜんまいを巻けば、好きなときに音楽を聴ける-- この不思議な仕掛けは、どうして生まれ、どのような人々を楽しませてきたのでしょうか? アンティーク・オルゴールのコレクションで有名な那須オルゴール美術館の越口将也さんに伺いました。
  • (プロフィール)
    越口将也(こしぐちまさや)/那須オルゴール美術館 副支配人
    2011年4月に偶然、那須オルゴール美術館を訪れ、ディスク式のアンティーク・オルゴールの音に感動。もともと歴史や美術に関心があったためこの美術館で仕事を始めることに。その後、資料を読みあさり、オルゴールコレクションもつ博物館などを訪ねるなどして、オルゴールについて学ぶ。

    HP 那須オルゴール美術館 http://nasuorgel.jp/

  • 魔法のようなオルゴール

    (SHIMICOM、以下S)以下S オルゴールと言えば、手のひらに乗るサイズの小さな箱を思い浮かべますが、こちらにあるオルゴールはどれもとても大きく、重厚感がありますね。
    越口さん 100年以上前に欧米で作られたこうしたオルゴールのことを「アンティーク・オルゴール」と呼びます。木製の箱をのぞいてみると、精密な機械がぎっしりと詰まっています。この中でいちばん大切なモーターのような部分が、櫛のような形をした金属の板「櫛歯(ルビ=くしば)」です。この板をピンなどで弾いて音を出し、音楽を自動演奏する楽器のことを「オルゴール」と呼びます。 オルゴールが生まれたのは、今のようにテレビやポータブル音楽プレイヤーなどがなかった時代です。昔の人にとって、自分で楽器を演奏したり、音楽会にでかけたりしなくても、ぜんまいを巻くだけでいつでも好きなときに音楽を聴かせてくれるオルゴールは、まるで魔法のような機械に思えたことでしょう。上流階級の人が夢中になり、これほど美しいオルゴールが次々に作らた理由がよくわかります。

    写真上:手前が鋼鉄製の「櫛歯」。1本ずつの長さや厚み、おもりをつけるなどの調整することで、正確な音程に調律してある。

    写真下:オルゴールの機械部が収められている木箱にはそれぞれ個性的な細工が施され、外観を鑑賞するのも楽しい。

  • オルゴールの誕生

    S そもそもオルゴールはどのように生まれたのでしょうか?
    越口さん オルゴールのルーツと言われるのは、教会の時計塔に設置された「カリヨン」という鐘だと考えられています。カリヨンには決まった時間に自動的に鳴る仕掛けがあり、昔の人はカリヨンの音を時報として聴いていました。 この仕組みが発展して、最初に作られたのは「シリンダー式オルゴール」です。シリンダーとは、オルゴールの中央部にある金属製の円筒です。よく見ると、シリンダーの表面に極細いピンが並んでいるのが見えますね。ぜんまいの力でシリンダーが回ると、このピンが次々と櫛歯の先端を弾き、音楽を奏でるという仕組みです。 最初は1本のシリンダーに1曲の音楽が収められているだけでしたが、技術が進むうちに、シリンダーの位置をわずかにずらすことで、1本に複数の曲を収録できるようになりました。また、オルゴールの中にベルやドラム、オルガンなど、さまざまな楽器が組み込まれて、1台のオルゴールで、まるでオーケストラのような多彩な音楽を楽しめるものも登場してきました。

    写真上:1872年にスイスで作られたシリンダー式のオルゴール。1本のシリンダーに12曲もの音楽が収められている。

  • 他にはどんなオルゴールがありますか?
    越口さん シリンダー式が発明されてから約90年後、1886年に生まれたのが、「ディスク式オルゴール」です。鉄製の薄いディスク(円盤)には、無数の突起が作られています。ディスクが回転すると、突起が機械部中心に並ぶ歯車に引っかかり、その歯車を回転させる。するとその歯車の爪がそれぞれに対応する櫛歯を弾き、音が出るようになっています。ディスク式ではより大きく、豊かな音を響かせることができるようになりました。 シリンダー式の場合、職人がシリンダーを1本1本手作りしていたため、ものすごく精密な技術が求められましたし、同じものをたくさん作るのは非常に難しかったのです。でも、ディスクならプレス機械を使って工場で大量生産できます。ですからディスク式が発明されて以降、オルゴールは一気に普及しました。コインを入れて演奏するジュークボックスのようなオルゴールがレストランや酒場に置かれるようになり、一般の人々もオルゴールに親しむようになりました。

    1905年に作られたディスク式オルゴール『ミラ』。重厚感のある音が出る。

  • 1900年頃に作られたドイツ製のディスク式アップライトオルゴール。ディスクの裏には2枚の櫛歯があり、下の方には大小合わせて10個ものベルがついていて、華麗な音を響かせる。この日セットされていたディスクは、クリスマスソングとしてもおなじみの『サイレント・ナイト(きよしこの夜)』。

    写真右上: 置き時計のようにも見えるディスク式オルゴールのコレクション。下部にはたくさんのディスクが収納されたものもあり、ディスクを替えるだけで簡単にさまざまな音楽を楽しめるようになった。

  • おなじみの音楽に新たな魅力を

    那須オルゴール美術館の自慢のオルゴールを紹介してください。
    越口さん この美術館では常時100点ほどのアンティーク・オルゴールを展示していますが、その中でもぜひ一度聴いていただきたいのが、1860年頃にスイスで作られた「オーケストラボックス」です。上部のオルゴール部分は幅も広く、シリンダー式の中では最大級です。 このオルゴールは仕組みも素晴らしいですよ。このオルゴールには、1本に8曲の音楽が収められたシリンダーが全部で25本ついています。ですからシリンダーを交換することで、この1台で200曲の演奏を楽しむことができるのです。 テレビなどでよく耳にするヴェルディの『凱旋行進曲』もそのうちの1曲。この美術館では、1時間おきにオルゴールの説明コーナーを実施していますが、そのときにこの曲をかけると皆さん、うっとりと聴き入り、「おなじみの曲も、オルゴールで聴くと、普段とはまた違った味わいがあるね」とおっしゃいます。

    メインホールに展示されている「オーケストラボックス」。中央には小さなドラム、その左右には12個のベル、さらにドラムの正面はリードオルガンがついている。櫛歯のメロディーに合わせてこれらの楽器が伴奏すると、まるでオーケストラのように複雑でふくよかな音楽が生まれる。

  • 1830年?20世紀初頭にかけてオルゴール人気は隆盛を極め、個性的な作品も次々と生み出されてゆく。しかし、1877年のエジソンによる蝋管型蓄音機の発明、1887年のエミール・ベルリナによる円盤レコードの発明によって、オルゴールはその短い歴史に幕を下ろす。それでもオルゴール独特の美しい音色は、音楽があふれる

    左上:オルゴールが組み込まれた酒器セット。グラスが16個とデキャンタ(年代物のワインなどの沈殿物を除くための栓つきの瓶)が2個ついている。 右上:家族の写真とともにオルゴールが収められた1880年製の「ミュージカルアルバム」。

  • 在りし日のオルゴールを想像して

    越口さんは、オルゴールのどんなところに魅力を感じますか?
    越口さん この美術館を初めて訪れたとき、1905年に作られたオルゴール『ミラ』の演奏を聴かせてもらったんです。それまでは手のひらサイズのものしか知らず、オルゴールといえばどちらかというと弱々しく、高い音というイメージがありました。でも、初めて聴いたディスク式オルゴールの音は、とても深く、豊かで、「こんなに素晴らしい音が聴けるオルゴールもあるのだ!」と感動したんです。 今の時代はどこでも音があふれていますし、インターネットを通じていつでも簡単に音楽を手に入れられます。でも、昔の人にとっては「聴きたいときに音楽を聴く」ことは特別な贅沢だったはずです。 とくにシリンダー式オルゴールは非常に貴重で、高価なものでした。それを手に入れた上流階級の人が家族や友人を集めて、「ほら、聴いてごらん!」とぜんまいを巻く。すると、キラキラ輝くような繊細な音がこぼれ出します。みんな身を乗り出して、夢中になって聴いたことでしょう。オルゴールを演奏するたびに、そんな幸せなシーンが目に浮かびます。 /dd>
  • 機械から生まれる“生”の音楽

    あらためて、オルゴールの楽しみ方を教えてください。
    越口さん まず、アンティーク・オルゴールの外観を見てみてください。艶のある木材に繊細な細工が施されていて、見た目にも美しいですよね。その中には、まるで時計の内部のような精密な機械が収められています。これを作るには、最高の技術をもった職人も必要ですし、「1本のシリンダーと限られた音階で、どうやってたくさんの曲を演奏しようか……」と知恵を絞ってもいたはずです。そういった昔の人の “職人技”、メカニズムの面白さも、オルゴールの楽しみ方のひとつだと思います。 そしてもちろん、音の素晴らしさ。オルゴールは皆さんもご存知の通り、軽やかで繊細な響きをもった音色を聴かせてくれます。機械による演奏なのに、CDプレイヤーなどとは違い、どこか温かみが感じられるのは、この装置を一生懸命作り上げた職人や、オルゴールの響きを愛した昔の人たちの存在を感じられるからかもしれません。

    写真上:美術館には、ジオラマでオルゴールの歴史を解説するコーナーも。 写真下:シリンダーを作る仕事場を再現したミニチュアの人形。

  • 【取材を終えて】
    オルゴールといえば、癒しの音色です。シリンダー式オルゴールでは、からは、まるで雪の結晶のようにキラキラとした音の粒があふれてきます。可愛らしい小さな太鼓やベルの動きを見ていると、木箱の中で、見えない小人がせっせと演奏しているように思えてくるのです。一方のディスク式オルゴールでは、重低音の効いたふくらみのある音にびっくり。機械が演奏していても、目の前でCDプレイヤーなどとは違った“生演奏”を聴いている感覚です。目と耳で有名なクラシック音楽や賛美歌など、たくさんの演奏を心ゆくまで堪能し、思いがけないクリスマスプレゼントをいただきました。
    那須オルゴール美術館 栃木県那須郡那須町高久丙270 TEL:0287-78-2733 開館時間:9:30?17:00(8月は18 :00まで) 休館日:1/15~3/15の毎週水曜日(祝・祭日の場合は前日) http://nasuorgel.jp/
    クレジット
    取材協力/北根室ランチウェイ事務局
    取材・文:市原淳子  
    中根佑子