• 9号READ特集
    「暗闇が教えてくれるもの」

    右や左はもちろん、自分が目を開けているのか、 閉じているのかもわからないほど濃厚な暗闇― そこに入ると、私たちが普段、どれだけ視覚に頼って生きているか、 そして、それにも関わらず、あたりまえの生活の中で ”何か”を見失っていたことに気づきます。 暗闇の中で、私たちは何を見つけるのでしょうか?

  • ダイアログ・イン・ザ・ダークは、光が完全に遮断された暗闇を歩き、アテンドに導かれながらさまざまなシーンを体験するというイベントです。 これは1988年にドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケ博士の発案で生まれたもので、これまで世界130都市以上で開催されてきました。日本でも99年の初開催以来、すでに約16万人が体験しています。 参加した人の多くは「また暗闇に入りたい!」「今までに見えていなかったものが”見えた”」と感激し、2割以上の人がリピーターになるのだそうです。 視覚を使わずにどうやって”素敵な何か”を見つけるのでしょうか?ダイアログ・イン・ザ・ダーク理事の志村季世恵さんにお話を聞きました。
  • (プロフィール)
    志村季世恵(しむらきよえ)/ダイアログ・イン・ザ・ダーク理事 バースセラピストとして1990年、東京・自由が丘に「癒しの森」を立ち上げ、心にトラブルを抱えた人、妊婦や子どもをもつ親などを対象にカウンセリングを担当。99年11月、日本で初めてのダイアログ・イン・ザ・ダーク開催から、マネジメントやアテンドの育成にも携わる。著書に「いのちのバトン」「さよならの先」(ともに講談社文庫)、「ママ・マインド」(岩崎書店)「大人のための幸せレッスン」(集英社新書)などがある。
    ダイアログ・イン・ザ・ダーク
    http://www.dialoginthedark.com/
  • 暗闇で、ワクワク、ドキドキ!?

    (SHIMICOM、以下S)ダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下、DID)とはどんなイベントなのですか?
    (志村さん) 参加者の方に6?8人のグループになっていただき、90分間、完全な暗闇の中で、自然と触れ合ったり、ゲームをしたり、カフェで好きなものを飲んだりと、さまざまな体験をしていただきます。 暗闇の中をみなさんと一緒に歩くアテンドは、全員が視覚障がい者です。ちなみに、アテンドとは「寄り添う人」という意味で、日本以外のDIDではガイドと呼んでいます。でも、私たちは単に暗闇をご案内するだけではなく、参加者のみなさんが自らの感性を使って暗闇を楽しむために、先走りせず、寄り添うという意味で、アテンドという言葉を使っています。彼らは暗闇のエキスパートですから、暗闇でも安心して楽しんでいただけます。 暗闇に入る前にまず、お一人に一本ずつ、視覚障がい者の使う白杖をお渡しします。この白杖で足元を探ってみると、普段は意識しない地面の柔らかさや凸凹を感じられます。
  • (S)参加した方からはどんな反応がありますか?
    (志村さん)ほとんどの方が「あっという間だった」とか、「暗闇から出たくない!」とおっしゃいますね。 それから・「自分は本当は人が好きだったと気づいた」、という方もたくさんいらっしゃいます。例えば、電車の中などで他人とぶつかるとイヤだな。。。と感じますよね。でも、真っ暗闇で人に触れると、「ここに人がいる」と、かえって安心するんです。「自分の近くに人がいて、よかった」という思いはそのまま、「人が好き、だから自分も好き」というポジティブな気持ちにつながります。ですからみなさん晴れ晴れとした顔で出ていらっしゃるんです。 また、暗闇の中では相手の表情は見えないし、「あれ」「それ」といった言葉や身振り手振りは通じませんから、自分が言いたいことを理解してもらえるように、周りの人を気遣って話すようになります。みんながそうやって気遣い合うことで、初対面同士の集まりとは思えないような心地いい雰囲気が産まれるんです。
  • 日本のDID誕生ストーリー

    (S)志村さんはなぜDIDに関わるようになったのですか?
    (志村さん)20年ほど前、DIDについて「海外にはこんな面白いイベントがあるんだ」と聞きました。「日本でもやってみたいけど、どう思う?」と尋ねられたので、「素晴らしいですね、がんばって」と応援したのですが、自分が関わるとはまったく思っていませんでした。ところがある日、関係者が集まった席で「実行委員の志村季世恵さんです」と紹介されて、「えー!!聞いていないです」と言いながらも。結局巻き込まれてしまったんです。 当時、DIDを体験したことがあるのは代表の志村真介だけでしたから、私たちもまさに手探り状態で準備を進めるしかありませんでした。完全な闇を作れる会場を探すのにも苦労しましたし、目が見える人が白杖を買うことなどできなかったので、ほどよい長さの代用品を探したりするのに必死で、気づけばもう開催日当日、という感じでした。ようやくお客さまをお迎えしたら、みなさんが泣きながら出ていらっしゃるんです。自分はまだ体験していないので、思わず「なぜ泣いているんですか?」とお聞きしたら、「感動した」とおっしゃったんです。
  • (S)感動しているお客さまを目の当たりにしたときのご感想は?
    (志村さん)もう、純粋にうれしかったです。私の本業はセラピストで、心にさまざまなトラブルを抱えているたくさんの方々と出会います。そういった悩みに寄り添い、一緒に解決できたときに多くの方がおっしゃるのが、”自分が関わってきた人への感謝の気持ち”です。そして「自分は一人ではない、生きるって素晴らしい!」と。 DIDを体験された方も、同じことをおっしゃいます。それも90分の暗闇体験を通して、前向きな状態で実感できるのですから、本当にやってみてよかったと思いました。 実際、DIDを体験すると「もう一度あの暗闇に戻りたい」という方がたくさんいて、リピート率は20~25%と高いんです。お客さまは女性の方が多くて、今は6:4くらい。女性は好奇心旺盛で、自分を磨いたり新しいものに出会ったりするのが好きだからでしょうか。何度体験しても飽きないように、私たちも季節などに合わせてコンテンツ(内容)を変えるなど、いろいろな工夫をしています。これは他国とはことなり、日本だけのオリジナルです。
  • 日本人の感性に合った暗闇づくり

    (S)暗闇を作るために、こだわっていることはありますか?
    (志村さん)暗闇に入るのは誰でも少しは怖いものですから、できるだけ不安を減らすための工夫をしています。例えば、スペースが狭かったり天井が低かったりすると、目では見えなくても圧迫感を感じるので。実はこの施設の内部はかなり広く、天井も高いんです。それからもちろん、光が絶対に入らないようにすることです。「真っ暗だけど、ワクワクできて開放感がある」、そんな質の高い暗闇を目指しています。また、私たちが作るDIDには日本ならではの特徴があります。それは、本物へのこだわりです。例えば、東京ビックサイトで初開催したときは、床に北海道の釧路湿原で集めた桜の落ち葉を敷きつめました。きれいに紅葉して、桜もちのようなとてもいい香りでした。 海外のDIDでは造花などの人工物を使うところも多いのですが、日本人はニセモノだと感じるとすっと冷めてしまいますよね。ですから私たちは、例えば暗闇の中のカフェでも陶器のカップや 大きな一枚板のテーブルを使うなど、本物、質のいいものを選んでいます。
  • 暗闇だからこと見えるもの

    (S)DIDを体験した方のエピソードの中で、とくに印象的なものは?
    (志村さん)どのエピソードも忘れられないものばかりです。例えば、クリスマス時期に、暗闇の中でクリスマスカードを作るイベントをしたことがあります。カードは、翌日の参加者へのプレゼントにするんです。その後、DIDのリピーターが集まるイベントを開催したときに、一人の男性がそのうちの一枚を持ってきて「自分のカードには『世界一幸せになれ』と書いてあった。知らない人が自分のために祈ってくれたことに感動した」と話しました。それを見た別の男性が「それを書いたのは僕です」と名乗り出たんです。他人の幸せを願うポジティブな気持ちが通じて、こんな奇跡のような出会いが実現したんだ、とみんな感動していました。 ある年配のご夫婦は「暗闇で夫の声を聞いたら突然、初めて彼が電話をくれたときのことを思い出したの。そしたら涙が溢れてきちゃって、普段あなたの声をちゃんと聞いていなかったのね」と旦那さまもとても嬉しそうで帰りはお二人で寄り添って帰られました。DIDをやっていると毎回、こんな素敵なお話を伺えて私たちも胸が熱くなるんです。
  • (S)暗闇の中で、参加した人は何を見つけるのでしょうか?
    (志村さん)参加された方それぞれで違うと思いますが、やはり心と心のふれあいではないでしょうか。 以前、DIDの参加者に「体験した感想を絵に描いてみてください」とお願いしたことがあるんです。集まった絵を見て驚いたのが、みなさん色鉛筆を駆使して、とてもカラフルな絵を描かれたことです。一見まっ黒な絵でも、その下に虹のような色が塗られていました。暗闇から出てきた直後なので、感性が全開になっていて、普段の自分では描かないような創造性にあふれた作品を描いてくださったようです。 最も多かったのは、手をつないだモチーフでした。それを見て、みなさんにとって一番印象的だったのは、心と心のつながりだったのだと確信できました。「DIDを開催して本当によかった」と、涙が出るほどうれしかったです。”日常生活に戻っても、暗闇で見つけた感動や思いやりがいつも自分の心にあることを忘れずにいてほしい”。 これが私たちの一番の願いなんです。
  • (取材を終えて)
    いよいよDID初体験のとき。視覚がまったく役に立たない空間とはいったいどんなところだろう、と少し緊張しながら。アテンドの方に導かれながら濃密な闇の中へ。志村さんがおっしゃった通り、本当にあっと言う間の90分を体験させていただきました。同じグループのみなさんも「もう終わってしまうの」「もっとここにいたい」と名残惜しそうでした。初対面の人に、普段だったら気恥ずかしいような気遣いができたり、相手にもしてもらったことに素直に感動や感謝が伝えられたりしたのも、暗闇がもつマジックのおかげかもしれません。
    取材協力;ダイアログ・イン・ザ・ダーク
    取材・文:市原淳子  
    写真:中根佑子