• 8月号READ特集
    「夏の森への誘い」

    真夏の太陽がギラギラと照りつけるこの季節。 暑さをしのげる場所を求めて、森に入ってみませんか? 濃い緑が作る木陰に入れば どこからか、清涼な風が吹いてきます。 爽やかな葉擦れの音も聞こえてきます。 森はなぜ、こんなにも心地よいのでしょう? “森の案内人”を自称する三浦豊さんに聞いてみました。

  • (プロフィール)
    三浦 豊さん/森の案内人
    1977年京都市生まれ。2002年日本大学芸術学部卒業後、造園会社への就職を経て、04年より約5年間かけて日本中の森や名所を巡る。10年より、京都を拠点に日本全国の森の案内をする仕事を始める。12年FACEBOOKページ「森の案内人、庭師」、15年会員制サイト「forest forest」をオープン。

    HP「森の案内人 三浦 豊」

    http://www.niwatomori.com/

  • 三浦さんが案内してくれたのは、奈良県の「春日山原始林」。古くから春日大社の神山として信仰の対象であったため、9世紀頃には狩猟と伐採が禁止されるなど、積極的に森林保護されてきました。多くの木々と肥沃な土が雨水を蓄え、地下水を絶えず供給することから、貴重な水源地ともなっています。1924(大正13)年に国の特別天然記念物に指定され、98年には「古都奈良の文化財」の一部として、世界文化遺産に登録されました。

  • 森には、いつも涼しい風が吹いている

    SHIMICOM、以下S 森に入る前はあんなに暑かったのですが、春日山原生林に足を踏み入れるとすぐに涼しい風を感じました。この風は、どこから吹いてくるのでしょう?
    三浦さん 涼しい風を作り出しているのは、実は森の木々です。葉の茂った枝の上と下では空気の温度がまったく違います。この温度差によって気圧が変化して、地上近くの空気が動いて風が生まれるんです。ですから森の外が無風のときでも、森の中には優しい風が吹いていることが多いんですよ。
    S 今回案内していただく春日山原始林は、どんな森ですか?
    三浦さん この森の特徴は何と言っても、“世界一、街に近い原始林”であることです。市の中心部から原始林の入り口まで徒歩約30分。それほど街から近いとは思えないくらいこの森は非常に豊か。その証拠が「一位樫(ルビ=いちいがし)」の群落です。一位樫は肥沃な平地に育ち、良質な材木になる木です。そのため、大きな一位樫が残っている場所はほとんどありません。この木が群生しているということからも、春日山原始林が太古からずっと守られてきたことがわかります。

    「どこの森にも、それぞれの王様のような木がありますが、春日山原始林の王様は間違いなく、この一位樫ですね」と三浦さん。

  • S ところで、ここは原始“林”と呼ばれていますが、林と森はどう違うのですか?
    三浦さん さまざまな定義がありますが、僕は基本的に、人の手が入っているのが林、木々が自然に生えているのが森と考えています。 林の語源は「生(ルビ=は)やす」です。つまり人間が材木や薪、炭などを得るために木を「生(ルビ=は)やし」てできるのが林です。それに対して、森の語源は「盛(ルビ=も)り」。木が自然に生えて、「盛り」上がって見える場所のことです。春日山原始林では、木の伐採や植樹はほとんどされていませんから、森と言ってよいのだと思います。
    S 日本の森にはどんな特徴がありますか?
    三浦さん 世界の温帯域の中で日本ほど樹木の種類が豊富で、木々がたくましく生い茂っている場所は世界的に見ても他にないのでは、と思います。日本は、亜寒帯、冷温帯、暖温帯、亜熱帯という4つの主な気候が入り混じった中に位置します。それぞれの気候によって育つ樹木が違うため、日本には1000種類以上の木が生育していると言われます。しかも、それは森だけでなく街中のあちこちでも見られます。これほどバラエティに富んだ木々に出会える国はそんなにはないでしょう。
  • 奈良公園内にある木の多くは、下側2mほどが刈り取られたようにまっすぐな線になっている。この線は、鹿に枝や葉を食べられることによってできるもので、「ディアライン」と呼ばれる(ディアとは英語で鹿のこと)。2m以下で葉が残っている植物は、毒を含むため鹿が食べないものばかり。

  • 日本人にとって自然とは「木のある風景」

    S 三浦さんはなぜ、森に興味をもったのですか?。
    三浦さん 僕はもともと、植物といえば桜とひまわりくらいしか知らない人間でした。でも、大学で建築を学んだこともあって、家づくりの延長線上にある庭に興味をもち、卒業後に造園会社に就職したんです。庭とは、主に自宅で自然と触れ合い、くつろぎやインスピレーションを得る場所ですよね。だから、いい庭を作ろうとするとどうしても、自然の営みが気になります。 そこで僕は庭造りのヒントを得ようと、日本中を巡ることにしました。5年間、車にキャンプ道具を積んでさまざまな場所を渡り歩くうちに森がたまらなく好きになり、どうにかして毎日森に通う方法はないかと考えて森の案内人という仕事を思いつき、始めたんです。

    平安時代頃に献木されて根付いた梛(なぎ)。毒があるため、鹿に食べられない。葉脈がまっすぐでちぎれにくいことから「縁が切れない」として良縁のお守りに、また、「海の凪(なぎ)」に音が通じることから航海の安全や穏やかな人生を願うお守りになるという。

  • S 森の案内を始めて、どんなことに気づきましたか?
    三浦さん 森はとても力強く、生きる力に満ちあふれているということです。例えばこの森に外来の樹木を植え、育つことができたとしても、その木の子供が種から芽吹くことは極めて難しいでしょう。それは、ここの土壌に棲む細菌や周りの樹木が自分たちの土地を守り、外来種が入り込む隙を与えないからなのです。 植物は自分ではすぐに動けませんが、ただじっとしているだけではありません。それぞれが生き延びるために作戦を立てて、厳しい生存競争を繰り広げているんです。例を挙げれば、日光が大好きな藤は少しでも多く光を浴びようと、他の木にぐるぐる巻き付いて、上へ上へと伸びようとします。その一方で、日陰で生きるのが得意な榊(ルビ=さかき)のような木もあります。 こうやって森の木をじっくり見ていくと、1本1本が生きてきた道筋がだんだん理解できるようになってきます。その物語を読み解いてみなさんにお話しすることが僕にとって森歩きの最高の楽しみなんです。
  • 上の写真は、樅(もみ)の赤ちゃん。「背は3cmほどなのに、横に枝を大きく伸ばしているのは、少しでも多くの日に当たるため。ここまで成長するのに7、8年ほどかかっているのでは」(三浦さん)。 左は、樹高40mを越す樅の巨木。思い切り見上げても先端が視界に入らないほど高くて立派! 「あの小さな赤ちゃんが鹿などに食べられず、水や栄養をしっかりとってここまで大きくなるのは奇跡的なことと思わず感動してしまいます」(三浦さん)。

  • S 私たちが森に出会うには、どうしたらよいでしょうか?
    三浦さん 登山やトレッキングをしなくても、身近なところで森を見つけることができます。例えば、大都会の真ん中でも、足元を見ればアスファルトの隙間から雑草がたくましく伸びようとする姿が目に入ります。あれも森への第一歩なのです。整備された畑や庭も、放っておけばすぐに草ぼうぼうになり、いつか木が生えてきます。人間が何も手をかけなければ、日本の国土の95%くらいは森になってしまうでしょう。 それほど、日本の木々はしたたかで、生命力が旺盛なんです。最近は森林破壊や環境汚染が報じられますが、木のことをよく知ると、森だって黙ってやられっぱなしではないはずだと、自然の力を信じたくなってきます。ときには人間の思い込みを忘れて、“森目線”になって周りを見渡してみると、新しい発見ができるかもしれませんよ。
  • 【取材を終えて】
    これまで木の集まりにしか見えていなかった山や森。でも三浦さんが言う“森目線”で見てみると、どの木にも生まれてから今日までの長い物語があり、一生懸命生きてきたことがわかります。三浦さんが指差した先を見ると、遊歩道の脇に杉や樅(もみ)、紅葉の赤ちゃんが! 何十年、何百年後にはこの木が森の一部になるかもしれないと思うと、「鹿に食べられずに元気に育ちますように」と応援したくなりました。
    <書籍紹介>
    約1300年前に造営された春日大社。朱の柱に白い壁、檜皮(ひわだ)屋根が特徴の本殿・社殿は「式年造替(ぞうたい)」という制度により、20年ごとに造り替えや修繕が行われ、昔と変わらない姿を保っています。今年11月には正遷宮が行われ、20年ぶりの造替が完了する予定となっています。春日山原始林とともに訪れてみてはいかがでしょうか?(春日山原始林や春日大社境内の森林箇所は、許可なしでの一般の立ち入りは禁止されています)」
    春日大社 奈良県奈良市春日野町160
    http://www.kasugataisha.or.jp/
    クレジット
    取材協力:奈良県奈良公園、春日大社 
    取材・文:市原淳子 
    写真:嶋並ひろみ(嶋並写真事務所)