• 9月号READ特集
    「“めがね”つくり110年」

    いよいよ、「知性の秋」の到来です。 そこで取り上げるのは、めがね。 めがね愛用者に言わせれば、 めがねは道具であり、 顔の一部なのだそう。 めがねの一大生産地である福井、鯖江で めがねつくりについて聞きました。

  • 〔プロフィール〕

    榊 幹雄(さかきみきお)/めがねミュージアム 案内人
    福井市に生まれる。めがね職人だった父親を見て育ち、高校を卒業後、父親が経営するめがね会社へ入社。ベテラン職人に混じって、めがね作りのすべてを経験したのち、経営を担当。メタルフレーム、プラスチックフレームの両方に精通しためがね職人40年の経歴を生かして、現在は福井県鯖江市の「めがねミュージアム」の中のめがね博物館の案内人を務める。

    ◎めがねミュージアム
    「めがねの聖地」福井県の100年余のめがねつくりを、「見て、触れて、体験する」ことができるミュージアム。 福井県鯖江市新横江2-3-4 めがね会館 TEL.0778-42-8311 FAX.0778-42-8221 営業時間:10:00〜19:00 定休日:年末年始 https://www.megane.gr.jp/museum//p>

  • 日本製めがねフレームの90%以上が、福井、鯖江で作られていると聞いて驚いた。一体、そこに何があるのだろうか。 最寄りの小松空港から向かう途中、視界に飛び込んできたのは、事前の予想と反して一面緑の田んぼであった。

    冬の農村に持ち込まれた、めがねつくり

    SHIMICOM、以下S ここ福井、鯖江がめがねの一大産地になったのは、なぜでしょう?
    榊さん まず、成り立ちからお話ししますとね、福井県のこの辺りは雪がいっぱい積もる土地なんです。早いと12月のおしまいから降り始め、2月の中頃まで。昔は2mくらい積もったものです。夏場は米つくり。ところが冬は雪が降るので仕事ができない。そこで、家の中でできる仕事を探して、そこに結びついたのがめがねだったんです。※1国を挙げて、外国に追いつけという時代で、めがねの需要が伸びていた頃です
    S なるほど。その頃のめがねつくりとは、どんなものだったんですか?
    榊さん 当時、日本のめがね作りは、東京と大阪で行われていました。東京は遠いので、そこでまず大阪からめがね職人を呼び、農家の人たちを集めて一から教わりながら、めがねつくりを始めました。

    ※1今から112年前(1905年)、現在の福井市の豪農だった増永五左衛門が大阪からめがね職人を呼び、寒村の副業としてのめがね作りを主導し、今日の礎を築いた。

    江戸期のひも掛け式眼鏡。 レンズ部は水晶を磨いたものだった。

    江戸後期から明治初期になると、玉枠が小さくなり、ひもの代わりに金属の手がつくようになった。これはひもかけ式だと日本髪の鬢が邪魔になるため、このような形にしてこめかみを挟んで使った。

  • 榊さん ところが、慣れないことですから、せっかく納品しても不良品と言われて戻されたりしてね。地元のお客さんからも「もっといいめがねを作ってくれ」と、厳しいことを言われたりしたそうです。
    S 農家の副業としては、ハードルが高かったのでは?
    榊さん でも、福井の人には雪国独特の粘り強さがありました。何事も諦めない心と言いますか。いいものを作らないと売れないことがわかった以上、だったら徹底的にやりましょう、と。
    S それは、すごい精神力ですね。
    榊さん 昔のめがね作りは、4、5人の少人数で一つのめがねを作るやり方でした。そのため、リーダーに教わりながら何年かやっていくと、めがね作りの全部がわかるようになるんです。やがてリーダーが独立することで、めがね作りが地域全体へと広がって行きました。そうして福井、鯖江が今日のようなめがねの一大集約地へと発展していきました。
    S 榊さんご自身も、めがね職人だったそうですが?
    榊さん うちの父がめがね職人でしたので、私も将来はめがね職人をするものだと思っていました。高校を卒業して、父親の会社に入り、以来40年間、めがね作りを一通り全部やりました。今掛けているめがねも、自分で磨いてきました。

  • めがねフレームの品質について

    めがねフレームについて教えてください。
    榊さん 大まかに言うと、両目にあたるレンズを入れる部分と、その間で支える「山」、耳にかける「テンプル」(つるとも呼ぶ)と、その2つをジョイントする「智」と呼ばれる部分でできています。 素材は、メタルフレームとプラスチックフレームがあります。プラスチックフレームは形を削って作ります。一方、メタルフレームは、金属を加工して作ります。
    S  それぞれのフレームの特徴は?
    榊さん プラスチックという素材※2は、形状を記憶する力があります。熱を加えると伸びたり曲がったりしますが、そうやって形が作られたプラスチックは、元の形に戻ろう戻ろうとします。そのため、テンプルの中には型を保つように金属の芯を入れてあります。 メタルは自由な形が作れる反面、形が崩れやすい。めがねは軽くなければなりません。そのため金属の中をくりぬいたり、細くしたりすると、その分、強度が落ちますから、軽くて強い、加工しやすくて曲がらないを両立させるのが難しい。

    ※2かつてはセルロイドが使われたが、燃えやすいことから、現在はアセテートが主流。どちらも木材パルプを原料にした植物性繊維である。

  • 鉄より40%軽く、汗が原因のサビにも強い理想のメタルフレーム素材チタン。1983年、世界初の商品化に成功。

  • 鯖江の名を世界的にしたチタンフレーム

    S 鯖江といえば、チタンフレームですね。
    榊さん 昔のめがねは銅などで作られていましたので、曲がりやすく錆びやすい上に、金属アレルギーという問題がありました。その点、チタンはロケットの材料にするくらいですから、軽くて強い。錆びないし金属アレルギーもない。まさに理想の材料だったんですが、空気中で溶接ができないという欠点があったんです。
    S 研究施設で研究したんですね?
    榊さん いいえ。ある時、「だったら酸素をなくしてしまえばいい」と気付いたんです。具体的には、溶接をする部分を箱で囲んで、中にアルゴンガスと窒素ガス※3を送ることで、酸素を追い出してチタン同士が溶接できるようになりました。その結果できたチタンフレームが、鯖江の名前を世界的にしました。

    ※3 溶接部分を囲む箱の中にアルゴンガスと窒素ガスの混合ガスを充填することでチタンの表面に酸化膜ができないようにする技術。

    <p>赤く見える接合部にパイプから混合ガスが送られる。

    メタルフレームの工場は精密機械工場さながら。合金の内径がめがねの形に削られていく。

  • 傷一つないのが基本。いろいろな角度からチェックする。

  • 設計図通りに仕上がっているか、一品一品図面に合わせて確かめられる。

  • めがね作りの基本は磨き。細かな傷一つないように磨いていくが、どこまで磨いてもキリがなく、やればやるほど難しいという。

  • 鯖江の今日、そして未来

    S 福井、鯖江は、国産フレームの90%以上の生産シェアを占めるまでになりましたが。
    榊さん 私は福井、鯖江の発明は2つあると思っています。1つは前述のチタンフレーム。2つ目は、鼻パッド。元は外国に似たものがありましたが、誰にでも合うように変えたことは、すごい発明だと思っています。顔は一人一人違いますので、誰にでもピッタリ合うめがねというのは、まさにめがねの本質的価値です。元は「もっと良いめがねを作ってくれ」というお客さんの声を大事にしてきたことから生まれたもの。それを粘り強く続けてきたことで、現在の福井、鯖江があると思っています。でも、お客様のニーズは時代によって変わります。近年、韓国製や中国製の安価なめがねが入ってきて、安いめがねで十分という客様も増えているように感じます。
    S 最後に、めがねつくりの将来について聞かせてください。
    榊さん めがねは長時間かけるものですし、人の顔は千差万別ですから、その人に合うように調整しなければなりません。現在のめがね作りは、よりかけやすいものを目指していますので、今よりもっとかけやすいめがねができてくるでしょうね。ただ、その後にどうなるかといえば、正直わかりません。レンズを使わないめがねが実現するかもしれませんよ(笑)。

    めがねの調整は2箇所。テンプルを耳にピッタリ合うように調整する。もう1箇所が、榊さんが「鯖江の発明」と言う鼻パッド。

  • (取材を終えて)

    お話しを伺った榊さんは、現在は鯖江市にあるめがねミュージアムの中にあるめがね博物館で案内人をされています。江戸時代のめがねから、現在のめがねへとつながる貴重なコレクションについて説明をしながら、常にめがねの将来を考える姿勢に職人かたぎを感じます。実際にウェラブルめがねが登場し、レンズを通して視力を補正するめがねの意味合いも変わりつつあります。そんな中にあっても、100年後も福井、鯖江のめがねの地位は揺らぎないにちがいないと思った取材でした。

    取材協力:
    めがねミュージアム
    竹内光学工業株式会社
    有限会社谷口眼鏡

    めがねミュージアム内のショップには、専門販売員が常駐。めがね選びのアドバイスから、調整までしっかり面倒見てくれる。

    顔に合うめがねフレームの選び方はMOVIEでご紹介中。