• SHIMICOM 10月号特集
    「収穫祭」

    生きることは、食べること。 米、野菜、果物… これらすべて、農家の人々が土と向き合い続けた 一日一日の繰り返しがもたらしたもの。 そんな大地に、感謝を言いたくて… 今号で創刊以来100号のSHIMICOMも 8年間余の収穫祭を迎えます。

  • 〔プロフィール〕

    熊谷耕一(くまがい こういち)
    福島県二本松市の農家に生まれる。現在は、りんご園とさくらんぼ園を経営。都会の子どもたちに農業体験をさせたいと、7軒の農家で農家民宿を始め、現在は25軒の農家が協力するモデル地域へと発展。NPO法人ゆうきの里東和 ふるさとづくり協議会理事長。

    農家民宿くまさん/マルカりんご園 http://hayamaringo.com/mb.html

  • ―――グリーン・ツーリズムとは、何か?

    ヨーロッパで盛んなグリーン・ツーリズム。“田舎を訪れて、その土地の生活に溶け込みながら滞在を楽しもう”というもので、農業と観光を合体させようという考え方ですが、日頃、土から離れて暮らしている私たちにとって、田舎の空気を吸う愉しみとは、一体何でしょうか?

  • 今回、日本版グリーン・ツーリズムを体験しようと訪ねたのは、7年前の東日本大震災を乗り越え、農家民宿のモデル地区となった福島県二本松市です。

    SHIMICOM(以下、S) ここに来る途中、棚田の風景がとても素敵でした。
    熊谷さん この辺りは里山ですから、みんな少ない土地を切り拓いて、野菜や米など、それぞれ農業を営んでいるんです。
    S 熊谷さんも農家さんなんですよね?
    熊谷さん ええ、農家の三代目です。ここは昔、養蚕地でしたが、養蚕が衰退してからはタバコ、稲作などですね。私も、ひと通りの農業に携わって、現在はりんご園とさくらんぼ園をやっています。
    S 今年の出来栄えは、いかがですか?
    熊谷さん 今年も異常気象でしたからね。ただ、果物は野菜と違って、樹の根が深いので、幸いなことにあまり影響はありませんでした。
    S ここ、二本松で農家民宿を営まれているということですが?
    熊谷さん はい。震災後からなので、丸6年になります。この地域全体で農家民宿のモデル地区となるべく研修を受けたりして、ゆくゆくは都会の子どもに農村体験をしてもらえたらいいんじゃないかと思っていたんです。ところが震災が起きてしまいました。

  • 大震災を乗り越えて

    震災で、ここ福島県は大きな風評被害を被ってしまった。そんな中で、先祖伝 来のこの土地に暮らす熊谷さんらは、いち早く立ち上がったといいます。

    S 震災後、比較的早くから動き始めたんですね?
    熊谷さん せっかく農家民宿の研修を受けたので、震災の翌年にはせめて許可だけでも取ろうと思ったんです。
    S その頃の客足はどうだったのですか?
    熊谷さん ここ二本松には、震災後、放射能の調査をするためにさまざまな研究機関や各大学の先生や生徒さんがたくさん来ていたので、まずはその方々にお泊まりいただく場所として提供することができました。震災後の2年間は、各研究機関の方だけで、年間およそ1500人がご利用になられましたね。
    S 子ども向けの農村体験の筈が、思わぬ需要があったわけですね。
    熊谷さん ええ。その後、震災から4年が経って、ようやく福島県の現状に興味がある人、農業に興味がある人などが旅行会社のツアーで来られるようになりました。都会の子どもたちが農業体験に来るようになったのは、一昨年くらいからでしょうか。夏休みを利用して、一昨年は40人、今年は現時点で20人ほど、徐々に子どもたちの参加率も増えて、「子どもプロジェクト」も良い方向へ向かっています。震災後6年が経ってようやく、農業を通して土と触れ合う新鮮な体験をぜひ堪能してもらえるようになってきました。
  • 企業も注目する「グリーン・ツーリズム」の魅力

    「食材はどこのものか、気にするのに、家具の木材はどこ産のものか、気にしませんよね?」と、磯田さん。確かにその通りです。

    S 最近は、やはり東京からの参加者が多いのでしょうか?
    熊谷さん 新幹線と高速道路があり、交通が便利なので関東近県からがほとんどですね。今は子どもたちの他に、企業の方にも農業体験をおすすめしているんですよ。
    S 企業が農業体験、ですか?
    熊谷さん 今の時代、パソコンばかりを相手にしていて、隣の席の人とも会話する機会がなかなかないそうなんです。社内でのコミュニケーション不足も深刻だということで…。ですから、ここに来て皆さんに農作業を協力してやっていただいて、田植えや収穫を一緒にしてもらい、うちの食堂を使ってもらって一緒に調理して、同じ釜のご飯を食べてもらうことで、大いにコミュニケーションを深めていただいています。
    S すると、年に何回もこちらに来るということになりますか?
    熊谷さん 年間3、4回くらい来てもらうメニューづくりをしています。実際に、ここで農業体験をしてから、仕事の能率があがったという声もたくさんいただいています。
    S 今後の子どもたちの参加予定はどうですか?
    熊谷さん 来年、再来年まですでに企画は決まっています。来年は1クラス180名の子どもたちが来ますし、再来年もすでに100名の子どもたちが参加してくれることになっています。さすがにこの村で180人の宿泊は無理なので、近くの温泉に宿泊してもらうのですが、農業体験も、農家民宿での宿泊も思いきり楽しんでもらえたらうれしいですね。
  • 大地がくれる、恵みを感じて

    採れたて新鮮な野菜や果物が放つ、豊潤な香り、甘み。 それは、農業をした人たちにしか分からない貴重な体験。

    S 農業経験のない都会の人たちは、どんな反応をされるのでしょう?
    熊谷さん たとえば、トマト嫌いなお子さんが裏山で採ったばかりのトマトを食べると、皆「おいしい!」と驚きます。なぜなら、売り物として出荷するものは、まだ青いうちに採るのが一般的ですが、農業体験では青いものではなく、熟したトマトを自ら採って食べるので、野菜にとって最高においしいタイミングで食べられるんです。つまり、本物の味を知れば、子どもたちは嫌いな野菜も食べられるということ。ジャガイモも、掘りたてのものを使ってみんなでカレーライスを作って食べると、やはりひと味もふた味も違うようで、その味に感激してくれます。そんな、都会ではなかなか感じることができない農村ならではの感動をもっと多くの方に伝えられたらと、この地域の農家の誰もが思って民宿を行っているんです。
    S この一帯ではどのくらいの農家が民宿をやられているのでしょうか?
    熊谷さん 当初は7軒で始まったのですが、今では25軒の農家が参加しています。今ではそれぞれの農家が自分たちで積極的に情報を発信しながら、独自のPRに取り組んでいます。うちもホームページをつくって、チラシなどのさまざまなツールも用意しています。果樹園にりんご狩りやさくらんぼ狩りに来たお客様がそのツールを見て、来年はぜひ農家民宿に参加したいと予約してくれるのが嬉しいですね。
  • ―――都会と農村は、実は隣り合わせという発見。

    ,p>都会っ子たちは、しばしパソコンやTVゲームを離れて、土の魅力に触れ、 農村の人々は今やインターネットを駆使して、農作業の魅力を伝える。 実は、ネット上ではすでに都会と農村の距離は限りなく近くなりつつあるようです。

    S 農家民宿を始めて、良かったことは何ですか?
    熊谷さん 農家民宿を始めてからは、都会の方々の生の声を聞くことでさまざまな刺激も受けますし、地方の文化や習慣を伝える機会にもなりますから、お互いに良い影響を与え合えていると思います。それに、私たち農家が育てた作物を実際に食べて「おいしい、おいしい」と言っていただける瞬間は、本当にやっていて良かったなと感じます。私は、本来の農業のあるべき姿は作物を育てて売る農家とそれを選ぶお客様、互いの顔が見える関係ではないかと思うんですよ。どんな人がどんなふうに作物を育てているかを知ることで、お客様も信頼して、安心して食べられるわけですから。
    S それが励みにもなりますよね。
    熊谷さん そうですね。私たち農家がいくら食の安全をうたってもなかなか伝わらないかもしれません。でもここで農業体験をして、民宿に泊まって、採れたての野菜や果物を味わったお客様の感想には嘘がありませんから。そこから人伝てに話を聞いた方が農業体験に参加してくださったりして、また新しい輪が広がっていけばいいなと思います。最初でこそ、こんな里山に、本当に都会の人が来てくれるのだろうかと思っていましたが、私たちのような農家こそインターネットを活用して、自らの情報を発信していくことが必要なのだと思います。それによって実際に「都会」と「農村」の距離が近くなったと私も感じています。

    農家民宿の縁側が、最高のふれあいの席となる。

    りんごの美味しさは、お尻を見ればわかるのだそう。

  • りんご収穫の合間に、LINEの交換。これが今時のグリーン・ツーリズム。

  • 体験を通して、真実を見つめて

    農業の魅力。それは、苦労の末にすくすくと成長した作物を収穫する瞬間。 一度体験すれば、きっとまた誰もが訪れたくなる。

    S 農業体験をしたら、やはり収穫まで自分でやりたいと思う方も多いのでしょうね。
    熊谷さん ええ、実際にリピーターの方がとても多いんですよ。自分で植えた苗がどんなふうに成長したのか、皆さん気になるのでしょうね。
    S 民宿では、どんなおもてなしをされているんですか?
    熊谷さん 主に郷土料理を召し上がっていただき、私たちの土地の話をする、そんな感じです。「いかにんじん」※1や「ざくざく」※2なんていう聞きなれない郷土料理を初めて食べて、都会の方は皆さん興味津々ですよ。初めての味に驚いたり、おいしい、おいしいとおかわりしてくれたり。
    S 震災から7年、これは素晴らしい復興ですね。
    熊谷さん そうですね。まだ100%とは言えませんが、風評被害を乗り越えてなんとかここまで来ました。農家民宿も、徐々に研究や調査をする方々より一般の方や関東近県の小中学校の子どもたちが利用してくれるようになってきていますし、これからもっと盛り上がっていってくれるのではないかと、私もこれからの「グリーン・ツーリズム」に期待をしています。とにかく福島の現状を正しく理解してもらうこと、これが一番ありがたい。ここでの農業体験を通して見たこと感じたことを、体験した皆さんの言葉でどんどん伝えてもらいたいと思います。

    ※1 福島中通り北部の郷土料理。スルメとニンジンを細切りにし、醤油、日本酒、みりんなどで味付けしたもの。

    ※2 細かく刻んだ大根、ニンジン、ごぼう、こんにゃく、里芋などの煮物。    縁起物とされ、大晦日やお祭りで食べられる。

  • [編集後記]
    大雨、暴風、酷暑。日々自然と向き合い続ける農業は、たとえいつもと同じように手をかけても、毎年同じだけの収穫が得られるとは限りません。それが農業の厳しさというもの。しかし、そんな厳しさの中にあるからこそ、その年の収穫を手にする喜びはひとしおと言えるでしょう。 震災後7年を経て、復興の足音は、ここ福島の土からも確かに聞こえてきています。

    熊谷さんちの「ヤマ・ソーヴィニヨン」で仕込んだ赤ワイン。 左は、お孫さんの誕生を記念して作った「一花」。 右は、りんごのシードル。 マルカりんご園 http://hayamaringo.com/mb.html

    取材協力:
    「農家民宿「くまさん」
    文  :
    久武 むく
  • SHIMICOM

    SHIMICOMは今号で100号を迎えることができました。創刊以来8年余、これまでの取材を通して、読者の皆様に驚きや喜びをお届けできていたら幸甚です。長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました